僕を襲った悲劇
料理の道を志し、地元で愛される小さなフレンチレストランで働いていた僕。しかし、店主の高齢化に伴う閉店により、職場を失ってしまいました。途方に暮れながらも、新たな人生を歩むべく、市内でも有名なホテルのレストラン部門の採用面接へ。
しかし、その日は風が強く……。道中で突風が吹き、立て看板が歩道に倒れ込んできたのです。とっさに飛び出し、近くにいた少女をかばった僕は、激痛とともに倒れ込みました。右腕を強く打ち、ひどい打撲を負ってしまったのです。一緒にいた少女の姉から、すぐに病院へ行くよう強く勧められました。けれど、病院へ行けば面接には間に合わない時間でした。
僕には、どうしても料理人として働き続けたいという強い思いがありました。痛む腕をかばいながら立ち去ろうとする僕に、少女の姉は「そんなけがで、お急ぎの御用ですか!?」と引き留めました。僕は「近くの□□ホテルで採用面接があって…大丈夫ですから」とだけ告げ、足早に面接会場へと向かうことにしました。
面接会場でまさかの再会
面接官である総料理長と支配人を前にし、僕は正直に右腕を負傷したこと、そして実技試験には万全の状態で臨めない現状を伝えました。もちろん、不採用は覚悟の上で……。ところが、支配人は「先ほどの事情は聞いていますよ」と思いがけない言葉を口にしました。
驚いている僕の前に現れたのは、先ほど僕が助けた少女と一緒にいた女性でした。なんと、彼女はホテルのパティシエとして働いており、支配人の姪にあたる人物だったのです! あの後、彼女は僕の向かう面接先が自分の職場だと知り、急いで支配人に「右腕をけがした男性が面接に向かっている。彼は私の妹を助けてけがをした」と事情を説明する連絡を入れてくれていたのでした。
支配人と総料理長は、僕のとっさの行動と責任感を評価し、「まずは今すぐ病院へ行って治療を優先してほしい。完治するまでは、事務のサポート等、腕に負担のかからない業務で働き、腕が治り次第、改めて厨房の実技試験を受けてはどうか」という異例の提案をしてくれました。最初は戸惑いましたが、その温かい言葉に甘え、僕は治療に専念しながらホテルで働き始めることになりました。
けがが治るまでの間、パティシエである彼女も、業務の合間に僕の体調を気づかい、通院しやすいようにシフトの相談に乗ってくれるなど手厚くサポートしてくれました。料理に対して真摯に向き合う彼女の姿に、僕の中で尊敬の念が大きくなっていきました。
甘えを捨てた数年間の努力
数週間後、右腕のけがは無事に完治。周りの方の温かい配慮に報いるためにも、僕は自らの実力で採用を勝ち取ろうと、改めて実技試験に挑みました。結果は無事に合格。正式に厨房のスタッフとして採用された後は、また下働きからのスタートでした。
以前のレストランでの経験があったとしても、場所が変われば新人。僕は基本を思い出し、営業終了後も必死に新しいメニューの試作や技術を磨くべく努力をし続けました。
気が付くと5年の歳月が流れ、僕はレストラン部門の副料理長という責任あるポジションを任されるまでに成長。地道な努力が実を結んだ結果でした。料理人を続けたいという自分の夢はもちろん、あのときチャンスを与えてくれた人たちの期待に応えたい、という気持ちもありました。
夢を叶えた先の幸せ
その後も数年間、恩返しのつもりでホテルの厨房を支え続けた僕は、やがてホテルを円満退職。そして、念願だった自身の小さなフレンチレストランをオープンさせました。支配人やパティシエの彼女からも温かい応援をいただき、ようやく夢を形にすることができたのです。
さらに、うれしいことに、かつて僕が看板からかばったあの少女も高校生になったよう。週末のアルバイトとして、僕のお店で元気に働いてくれています。彼女の笑顔を見るたび、「あの日のとっさの判断は間違っていなかった」と感じています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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