結婚生活は順調……?
お弁当を作って持たせただけで、「奥さんが作ってくれた弁当ってだけで価値があるよな」「周りのやつらに羨ましがられながら食べてるよ」「独身時代は毎日コンビニや外食だったから、本当に助かってる」と、私のことをほめちぎる夫。私も悪い気はしませんでした。しかし、毎日お弁当を持たせているうちに、夫からの注文が増えるように。
「ちょっと冷凍食品を使い過ぎかな……」「汁物があるとうれしいんだけど」「夕飯も肉なの? 弁当で肉使ってるんだから、夜は魚がいいな」
できるだけ夫の希望に応えようとがんばりますが、次第に夫はお弁当だけでなく、他のことにも文句をつけるようになっていったのです……。
2カ月後――。
なんだか朝から不機嫌だった夫。昼休みに「今朝の味噌汁、あれ何だよ?」「いつもと味が違ったよな?」と高圧的なメッセージが送られてきました。
その日はいつものお味噌を切らしてしまって、仕方なくインスタント味噌汁を出したのです。夫はその味が気に食わなかったよう。
「なんで専業主婦なのに味噌を切らすんだよ?」「最近こういうミスが多いぞ、もっとしっかり家事をしてくれよ」
「ごめんね」と謝っても、「謝れば済むと思ってるのか?」と返される始末。付き合っていた時は笑って許してくれていたし、こんなに厳しいことを言う人ではなかったので、私は戸惑うばかりです……。
「少し冷たいんじゃないかな、誰だってミスはするよ……」と言うと、「なんでそんな偉そうなこと言えんの?」と夫。「俺が毎日働いてるから、お前は飯を食えるんだぞ?」「主婦のくせに俺に口答えすること自体がおかしいから、俺の言ったことにはすべて『はい』で返事しろよ」と、とんでもないことを言い出しました。
「マイナス1万円」
「それはちょっと横暴すぎるんじゃない……?」と私が言うと、夫から「はい、マイナス1万円」と返ってきました。
「これからは俺の言うことに反論したり、俺の気に障るようなことをしたりしたら、生活費を減らしていくことにするわ」「俺は生意気で役立たずの主婦を養ってやるほど心は広くないから」
それ以降、夫は「家計簿をつけてレシートで報告しろ」「俺が認めた支出以外は渡せない」と、家計の管理を一方的に握るようになっていきました。表向きは「家計のため」という言い方でしたが、実態は支出のすべてを夫が査定するという支配でした。
たしかに、私が食材を買い忘れたのは事実です。でも、生活費を減らすなんて……あんまりです。
「今までの口答えと、俺が認めていない支出で、もう5万マイナスだからな」「来月の生活費は3万、食費も日用品も医療費も込みでな」「家賃は俺が払ってるんだし、どうにかなるだろ」
夫の満足する食事を作るだけでもお金がかかるのに……。生活費を3万円に減らされたら、やっていけません。でも口答えしたら、また生活費を減らされてしまう……。私は言い返すこともできずに、黙り込みました。
「俺は養ってやってるんだぞ?」「家事が好きで、おとなしい性格だから選んでやったのに、結婚したらこれかよ」
あまりにもひどい言葉を並べられ、本当に悲しくなりました……。
水面下で、準備を始めていた
それからというもの、節約のために私は自分の昼食を抜くようになりました。生活費を減らされた分、夫に出す食事も今までに比べたら貧相に。
夫は納得がいかないのか、「なんだよこの貧乏飯」と食事に文句をつけはじめました。私は何件もスーパーを回って値引きの商品を探し、食材を無駄にしないようにレシピも工夫しているというのに……。
「もういいわ、俺は外食してくるから」「その貧乏飯はもういい」
夫は、その料理をそのまま置いていってしまうのです。私はぐっとくちびるを噛み締めて、怒りたい気持ちをこらえます。口答えしたら、さらに生活費を減らされてしまうのですから……。
ただ、このころから私は変わりはじめていました。夫の行動や言葉をスマホに残すようにしたのです。夫からのメッセージも、生活費の入金記録やメモも、「家計のために管理している」「反省するまで渡せない」という文面も、すべて消さずに保存しておきました。
友人には恥ずかしくて話せなかったし、夫にスマホを見られるのが怖くて検索履歴はこまめに消していました。それでも、市の女性相談窓口だけは匿名で相談していました。相談員の方から「記録を残し続けてください」と言われた一言が、私の背中を押してくれたのです。
もう無理!
1週間後――。
その日は、夫がまた暴言を吐くかもしれないと思い、朝から録音アプリを起動していました。
朝食を待っている夫の前に、私は缶詰1個をコトリと置きました。手元に残っていたお金は本当に数百円しかなく、これしか用意できなかったのです。さすがの夫もびっくりした様子。しかし、いつもと変わらず私を責め立てます。
「缶詰1個ってどういうことだ?」「俺のことを馬鹿にしてるのか!」「昼食の弁当もないし、主婦として全然機能してないじゃん」「もうマイナスする生活費もねぇわ」
私はその言葉を、黙って記録に残していました。もう十分でした。
夫はさらに続けます。
「今月の生活費は0円だけど大丈夫か? 反省するまで渡せないから」
「土下座して謝るなら、少しは考えてやってもいいぞ」
「大丈夫、離婚でいい」
久しぶりに私が言い返したので、夫は呆気にとられた様子でした。そのまま、私は言葉を重ねます。
「謝罪する気なんてないからね」「生活費もいらない」「離婚する」「さよなら」
夫は、両親が他界して帰る場所がない私が離婚なんて考えるわけがないと思っていたのでしょう。しかし、私は親を亡くしてからしばらく、一人で生活できていたのです。生活費を渡さず、私のことを苦しめ続ける夫といるより、一人で暮らしていた方が断然よかった……そう思いました。
「別居することにしたから、何かあれば弁護士を通してください。こちらはすでに相談済みです」
それだけ伝えて、私はまとめておいた荷物を持って家を出ました。
「俺は離婚するつもりはない!」という声が背中に聞こえましたが、私は振り返りませんでした。
積み重ねた記録が、私を守ってくれた
数日前に予約していた自治体の無料法律相談に行くと、担当の弁護士から「生活費を一方的に減らしている記録があるなら、婚姻費用の請求を検討できます」と説明されました。必要な証拠を整理し、あらためて正式に相談することになったのです。
保存しておいた夫のメッセージ、生活費の入金記録やメモを見せると、弁護士から「相手が単なる夫婦げんかだと言っても、記録があれば説明しやすくなります」と言われました。「生活費を渡さない、理由をつけて減額するという行為は、経済的な支配と見られる可能性があります」とも。
正式に弁護士へ依頼し、別居中の生活費について夫側へ請求してもらうことにしました。最初は「離婚しない」と強硬だった夫も、弁護士を通じて話が進み始めると、少しずつ態度を変えていきました。
義母には、「別居することになりました。生活費を一方的に減らされ、これ以上一緒に暮らすのは難しいと判断しました。今後、夫から連絡があるかもしれませんが、詳しいことは弁護士に相談中です」と伝えました。義母は「信じられない……でも、あなたの話だけでは何とも……」と言葉を詰まらせていました。
夫を本当に動かしたのは、義母の反応でも私の言葉でもありませんでした。弁護士を通じて、夫自身が送ったメッセージや生活費の入金記録を示されたことでした。「家計のために管理していただけだ」という夫の言い分は、積み上げられた記録の前では通用しなかったのです。
協議の末、私たちは離婚しました。
その後――。
すぐに何もかもがうまくいったわけではありません。しばらくは叔母の家に世話になりながら、まず短期のパートから始めました。
今は手狭ですが自分で選んだアパートで一人暮らしをしています。以前に比べれば収入も少しずつ増え、生活も落ち着いてきました。大げさな幸せというより、「支配されない日常」を取り戻したという感覚の方が近いかもしれません。
朝、自分で選んだ味噌を使って味噌汁を作り、誰にも文句を言われずに飲む。あのころ、たった一杯の味噌汁がこんなに穏やかな気持ちで飲めるようになるとは、思ってもいませんでした。
◇ ◇ ◇
家計を管理することと、相手を支配することはまったく違いますよね。夫婦の間であっても、生活費や言葉を使って立場を上下させようとする関係には、どこかで線を引く必要があるのだと感じさせられます。相手の言葉に慣れてしまう前に、違和感を残しておくこと、外に助けを求めること。その積み重ねが、あとから自分を支えてくれるのかもしれません。