久しぶりに届いた同級生からの連絡
営業前の仕込みを確認していたとき、スマホに懐かしい名前が表示されました。電話の相手は、大学時代の同級生・B田でした。
B田は、「久しぶりだな。お前、脱サラして店をやってるんだって?」「今度、家族と親戚を連れて食事に行きたいんだよ。10人ちょっとになると思うんだけど、予約取れる?」と言いました。
私は突然の電話に少し驚きながらも、空き状況を確認し、個室を用意できる日程を案内しました。するとB田は、軽い調子で「昔のよしみで、安くしてくれよ。家族も連れていくんだからさ」と言いました。
さらに続けて、B田は思い出したように言いました。
「そういえばお前の店、うちの商業施設に2号店を出す話が進んでるんだろ? 俺、その案件にも少し関わってるんだよ」
私はその言葉に驚きました。たしかに当時、複合商業施設への出店について声がかかったところでした。ただ、B田がその担当者の1人だとは、そのとき初めて知ったのです。
「まあ、そういう縁もあるんだからさ。今回は少しくらい融通してくれてもいいだろ」という言い方に、私は少し引っかかるものを感じました。それでも、久しぶりの同級生が家族で来てくれること自体はありがたいと思い、できる範囲の対応として「じゃあ、今回は個室料金をサービスするよ。それでよければ」と伝えました。
会計時に変わった態度
当日、B田は家族や親戚を連れて来店しました。店では店長のA子さんを中心に、厨房もホールもいつも通り丁寧に対応してくれました。B田のご家族も料理を楽しんでくださっているようで、私はひとまず安心しました。
ところが会計の段階になると、B田の態度が変わりました。A子さんが伝票を渡すと、B田は金額を見て顔をしかめ、「いや、高くないか? もう少し安くしろよ」と言ったのです。
私は、B田には予約の時点で個室料金をサービスすることを伝えていました。しかし、飲食代を値引きするとは言っていません。「悪いけど、これ以上の値引きはうちも厳しいよ。今回はこの金額で頼む」と伝えると、B田は不満そうに眉をひそめました。
それでも私が首を縦に振らないでいると、B田は声を低くして言いました。
「出店の話も、俺の報告次第ではどうなるかわからないぞ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっと冷えました。店を選んでくれたこと自体はありがたいことでした。けれど、それを理由に料理や飲み物の代金まで軽く扱われるのは違います。さらに、出店の話を引き合いに出して値引きを迫られたことで、このまま話を進めてよいのだろうかという不安が一気に大きくなりました。
そのときはB田のお父さんが「息子が図々しくすみません」と言って正規料金を支払ってくれましたが、B田は最後まで納得していない様子。帰り際「こういうときに融通が利かないと、客は離れるぞ」と言い放って、帰っていきました。
出店計画への不安
後日、複合商業施設への出店について、条件説明を受ける日がやって来ました。会議室に案内されて席に着いたとき、担当者の1人として入ってきたのはB田でした。予約の電話で「俺もその案件に関わっている」と聞いてはいましたが、こうして仕事の場で正式に顔を合わせるのは初めてです。私は一瞬、胸がざわつきました。
打ち合わせが始まると、私は改めて契約条件を確認しました。すると、その場でもB田の言葉には引っかかるものがありました。
「複合商業施設に入れば、お前の店も箔がつくだろ」
「条件面は、うちに合わせてもらわないと困るよ」
冗談めかした言い方ではありましたが、私はそのたびに違和感を覚えました。改めて契約条件を見直すと、家賃や手数料、販促費の負担、営業時間の条件など、慎重に考えなければならない点がいくつもあります。
そこへ、担当者の1人であるB田の態度です。この先、長く店を続けていく上で、こちらの立場や現場の事情を軽く見られたまま話を進めてよいのだろうか。そんな不安が消えませんでした。私はA子さんにも相談し、出店計画をいったん見送ることにしました。
後日、正式に辞退の連絡を入れると、B田からすぐに電話がかかってきました。店の営業中だったため出られずにいると、その後も何度もB田の名前が着信履歴に入っていました。営業終了後に折り返すと、B田は開口一番こう言いました。
「おい、辞退ってどういうことだよ。お前の店まで抜けるのか?」
「ほかにも条件が合わないって言ってる店があるんだよ。ここでお前のところまで降りられたら、こっちの計画にも響くだろ」
その言い方で、私はB田がかなり追い詰められているのだと感じました。けれど、だからといって私たちの店が無理をして出店する理由にはなりません。私は感情的にならないよう、落ち着いて「契約条件や今後の運営体制を考えた結果、今回は見送らせてもらう判断になったんだ」とだけ伝えて、電話を切りました。
そして、隣にいたA子さんにB田とのやりとりの内容を伝えると、A子さんは静かに言いました。
「私たちは、自分たちの店を守る判断をしただけです」
その言葉を聞いて、私の中でも迷いが消えました。
まとめ
その後、私たちは商業施設への出店ではなく、自分たちで物件を探すことにしました。すぐに2号店を出せたわけではありませんが、スタッフの体制や仕入れ、店の雰囲気を一つひとつ見直しながら、無理のない形で準備を進めていきました。時間はかかりましたが、最終的には納得できる形で新しい店を開くことができたのです。
一方で、B田の勤務先が運営する複合商業施設は予定どおりオープンしたそうです。ただ、後から聞いた話では、出店を見送った飲食店がいくつかあったようでした。もちろん、出店を見送る理由は店によってさまざまだと思います。ただ、私たちと同じように、条件面を慎重に考えた店もあったのかもしれません。
今回のことで改めて感じたのは、人に流されて判断を急いではいけないということです。相手が同級生であっても、店として守らなければならない線はあります。
値引きに応じることが、相手にとっては親切に見える場面もあるかもしれません。けれど、その裏でスタッフの努力や店の利益を軽く扱うことになるなら、簡単に引き受けてはいけないのだと感じました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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