これから始まる育児への不安はありましたが、夫と一緒なら乗り越えられると思っていました。しかし、その考えは出産当日に打ち砕かれたのです……。
陣痛中にいなくなった夫
陣痛が始まり、私は病院で痛みに耐えていました。
夫も付き添ってくれていましたが、突然慌てた様子で、「トイレに行ってくる!」と言い残し、病室を出て行ったのです。
ところが、待っても待っても戻ってきません。
私はお産に集中するしかなく、そのままひとりで娘を出産。落ち着いてから病院スタッフに確認すると、夫は病院の外へ出て行ったまま戻っていないことがわかりました。
その後も、夫が顔を見せることはありませんでした。心配になって何度も電話やメッセージを送りましたが、一切つながりません。義実家にも帰っておらず、職場へ連絡すると、すでに退職していることが判明。
私は状況を理解できないまま、退院後は生まれたばかりの娘と2人で生活を始めることになったのです。
何らかの事情で戻れないのかもしれない、事故や事件に巻き込まれたのかもしれないと警察に相談もしましたが、事前に自ら退職していたことから自発的な失踪とみなされ、手がかりは得られませんでした。
私は娘とともに夫の帰りを待ち続け、気づけば7年が過ぎてしまいました。
7年ぶりに現れた夫
娘は父親のいない環境で育つことに。幼いころは「パパはどこにいるの?」と聞かれることもあり、そのたびに胸が締めつけられました。
それでも娘は明るく成長し、小学生に。娘の成長を喜びながらも、私はいつか夫から連絡が来るのではないかという思いを完全には捨てきれませんでした。
そんな生活が7年続いたある日のこと――。
その日の朝、突然インターホンが鳴りました。玄関を開けると、そこには7年前に姿を消した夫が立っていたのです。
驚いて言葉を失う私をよそに、笑顔でこう言った夫。
「ただいま。久しぶり」
さらに、「まぁ、ちょっと息抜きしてただけなんだよね」と軽い口調で続けたのです。
耳を疑いました。7年間も行方をくらませていた人間の言葉とは思えませんでした。
私が失踪の理由を問いただすと、悪びれる様子もなく話し始めた夫。
「実は当時、付き合っていた女性がいたんだよね」
「子どもが生まれたら自由に会えなくなると思って、面倒になって逃げたんだ」
あまりにも身勝手な理由に言葉を失いました。
さらに夫は、その女性とはすぐ別れたものの、その後も生活を支えてくれる女性を頼って転々としていたことを明かしました。そして最後に、「お金がなくなったから帰ってきた」と言ったのです。
私は怒りより先に、あきれが込み上げてきました。
私が選んだ道
幸い、その日は娘が学校へ行っていて家にはいませんでした。
夫は玄関に飾ってあった娘の写真を見ながら、「この子が俺の娘か」「今日からまた一緒に暮らせるな」と笑っていました。
7年間、一度も連絡を寄こさず、子どものための生活費も払わず、父親としての責任を放棄していた人間の言葉とは思えません。
私はようやく理解しました。この人は、私たち家族のことを一度も大切に考えていなかったのだと――。
ずっと夫を心配していましたし、何か事情があって行方をくらませているのではないかと自分に言い聞かせていました。しかし現実は、夫は自分の都合だけで家族を捨てていただけだったのです。
私はその場で、もう夫婦関係を続けることはできないと伝えました。夫は慌てて謝罪を始めましたが、私の気持ちは変わりません。
その後、弁護士にも相談しながら離婚手続きを進め、未払いとなっていた婚姻費用や今後の養育費と慰謝料の支払いについても話し合いをおこないました。そして最終的に、離婚は成立したのです。
離婚後、私は娘と2人で新しい住まいへ引っ越しました。元夫はいったん元義実家に戻ったようですが……その後のことは聞いていません。
正直なところ、もっと早く区切りをつけていればよかったと思うこともあります。それでも、長年抱えていたわだかまりから解放され、ようやく前を向けるようになりました。
娘は今も元気に成長しています。これからも母娘2人で支え合いながら、自分たちらしい幸せを築いていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。