いつも通り出かけた朝
その日、私はいつものように、朝会社へ向かいました。家を出るとき、父とは「行ってらっしゃい」「行ってきます」と言葉を交わしました。特別な会話ではなく、普段と何も変わらない朝でした。そのときはまさか、それが父と交わす最後の言葉になるとは思ってもいませんでした。
昼食を終えたころ、娘から携帯電話へ連絡が入りました。そこには、「おじいちゃんが、息をしていないって運ばれた」といった内容のメッセージが書かれていました。突然の知らせに、私は何が起きたのかすぐには理解できませんでした。
病院で見た父の姿
詳しい状況がわからず、私は母に電話をしました。すると、登山をしていた父が心肺停止の状態で病院に運ばれたと聞かされました。私はすぐに病院へ向かいました。しかし、そこにいた父は、すでに冷たくなっていました。朝に見送ってくれた父と、目の前にいる父が同じ人だとは、なかなか受け止められませんでした。
若いころの私は、父に反抗してばかりでした。年を重ねてからも、親孝行らしいことができていたとは言えません。親になった今だからこそ、若いころにはわからなかった父の思いやありがたさに気付くことがたくさんあります。それなのに、感謝の気持ちをきちんと言葉にして伝えたことは、ほとんどありませんでした。
伝えられなかった「ありがとう」
もう父に会えないのだと思うと、「ありがとう」と伝えておけばよかったという後悔が何度も込み上げてきました。
父が持っていたカメラには、おそらく倒れる前後に撮ったと思われる写真も残っていました。それを見たとき、父の最後の時間を思い、胸が締め付けられるようでした。
特別なことをしなくても、日ごろから感謝を言葉にしていればよかった。そう思わずにはいられませんでした。
まとめ
今、私は母と暮らしています。変わらず、大きな親孝行ができているわけではありません。それでも、できるだけ感謝の気持ちは言葉にして伝えるようにしています。別れは、こちらの準備を待ってはくれないのだと、父との突然の別れで痛感しました。怒った顔よりも笑った顔で、日々を過ごしたい。そして、伝えられるうちに大切な言葉を伝えて、少しでも後悔のないように生きていきたいと思っています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:駒形真央/50代女性・会社員
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年5月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
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