夫「やっぱ子ども苦手だわ。夜泣き無理」→実家に逃げた夫を待っていた地獄の展開

私は30代の専業主婦です。双子の男の子を出産してから、生活は一変しました。
赤ちゃん1人でも大変だと聞いていましたが、双子の育児は想像以上でした。それでも、近くに住む両親がときどき手伝ってくれていたので、なんとか毎日を乗り越えていました。
そんな私にとって、一番の悩みは夫の態度だったのです……。
夫は会社勤めで、平日は忙しく働いていました。そのこと自体は理解していましたし、私もできる限り支えたいと思っていたのです。
しかし、息子たちが泣いていても夫はほとんど関わろうとしませんでした。
「俺、やっぱり子ども苦手だわ。しかも潔癖だし」
そう言って、寝かしつけをしたことも、おむつを替えたこともありません。家事についても「俺はそういうの、向いてないから」と言い、ほとんど私に任せきりでした。
結婚前はとてもやさしく、気配りのできる人だったのに……。子どもが生まれてから、少しずつ夫の態度は変わっていってしまったのです。
双子の夜泣きに激怒する夫
ある夜、深夜に双子が同時に泣き出しました。私は1人を抱っこし、もう1人をバウンサーに乗せて揺らしながら必死であやしていました。
すると、寝ていた夫が突然怒鳴りつけてきたのです。
「うるさいな! 俺は明日も仕事なんだよ!」
驚きのあまり言葉を失い呆然としている間に、夫は耳栓をしてまた眠りにつきました。
その後も夫から離れたところで、必死に赤ちゃんたちをあやし続けた私。2人とも眠ってくれたのは、外がうっすら明るくなったころでした。
夫の信じられない提案
翌朝のことでした。夫は何事もなかったかのように朝食を食べながら、突然こう言ったのです。
「俺、ゆっくり寝られないから今日から実家に帰るわ」
義両親が旅行で家を空けるらしく、その間ひとりで実家で過ごすつもりだと言います。あまりにも身勝手な言葉でした。
「夜泣きがうるさいから実家に帰るって……それでも父親なの?」
私は思わず言い返しました。しかし夫は、こう反論してきたのです。
「俺がいてもいなくても同じだろ。寝不足で体調崩したらどうするんだよ」
「俺と違って、お前はいつでも寝られるだろ? 俺はお前たちを養うために働かなきゃいけないんだよ!」
そう言い残して、夫はそのまま仕事へ向かってしまいました。
義母に相談した結果
夫の言葉に、憤りを感じた私。先手を打とうと、思い切って義母に電話をかけ、これまでの夫の様子や昨夜から今朝にかけての出来事を打ち明けました。
「そんなことになっていたの……。育児がどれだけ大変か、わかっていないのね」
義母は驚いた様子でしたが、すぐに頼もしい言葉をくれました。
「息子のことは任せてちょうだい!」
そして義母は、急きょ旅行の予定をキャンセルして自宅に戻り、実家に逃げ込んできた夫を厳しく諭してくれたそうです。
義母の教育と夫の変化
実家でのんびりするつもりが、夫を待っていたのは義母からの厳しい叱責でした。その日は散々絞られた挙句、「これからは休日に双子を連れて家に来なさい。自分でお世話ができるまで、私が一から叩き込んでやるから!」と命じられたそうです。
すっかり気落ちした様子でわが家へ帰ってきた夫は、「……これからしばらく、週末は俺ひとりで子どもたちを連れて、実家に帰ることになった」と言ったのです。
その言葉通り、夫は休みの日に義実家に行くようになりました。夫が行き渋っているときには、義父がわざわざ迎えにくるのです。
夫は義実家で、義母から家事や育児の基本をひとつずつ教わっているようでした。洗濯に掃除、おむつ替えやお風呂の入れ方などの赤ちゃんのお世話……。
当初、夫は「潔癖だから無理だ」と抵抗したようですが、義母に「自分の子でしょ! 慣れればなんてことないわよ!」と一蹴されたとのこと。
逃げ場を失った夫でしたが、いざやってみると案外すぐにコツをつかんだようで、あんなに嫌がっていたおむつ替えも、数回こなすうちに手際が良くなっていったそうです。
1カ月もすると、夫の様子は明らかに変わりました。そしてある日、夫は私に深々と頭を下げてこう言いました。
「今まで、本当にごめん。こんなに家のこと、子どもたちのことが大変だとは思っていなかった」
それからは家事や育児にも積極的になり、自分から率先してやってくれるようになりました。以前とはまるで別人のようでした。
正直なところ、深夜に怒鳴られたときは離婚も頭をよぎりました。
義母が私の話に耳を傾け、味方になってくれたこと、そして何より夫が変わろうとしてくれたことには、本当に感謝しています。
◇ ◇ ◇
双子の育児は今でも大変です。それでも、家族で協力すれば乗り越えていけると思えるようになりました。これからも、夫と協力しながら子どもたちをしっかり育てていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、双子の育児に追われる妻をよそに、夫は「子どもが苦手」と言って育児から逃げ続けていました。夜泣きに怒鳴り、ついには自分だけ実家へ帰ろうとする夫。しかし、妻から事情を聞いた義母は、息子をかばうどころか、家事と育児を一から叩き込むことに。逃げ場を失った夫は、ようやく父親としての自覚を取り戻していくのでした。
続く2つ目のエピソードでは、産後3カ月の妻が、夜泣きと体調不良に苦しんでいました。ところが夫は、家事ができていないことを責めるばかりか、妻と娘が高熱を出しても帰宅を拒みます。そんな中、妻から連絡を受けた義母が急いで駆けつけることに。そして義母は、夫にあるメッセージを送り、その無責任さを突きつけるのです……。
高熱の妻子を放置する夫「お前、最近どこにいんの?」→「亡くなったよ」妻のスマホから返信したのは

出産から3カ月が経ったころ、娘の夜泣きが激しくなり、私は慢性的な寝不足でした。そんな毎日でも、夫は私の大変さを理解しようとはせず、シーツが替わっていない、惣菜やデリバリーが多いなど、家事のことばかり責めてきたのです。
産後3カ月の私を追い詰めた夫の暴言
私は、夜泣きが続いていて眠れていないことや、まだ産後3カ月で心身ともにつらいことを伝えました。けれど夫は、「専業主婦なんだから家のことくらいちゃんとやれ」「もう3カ月経ってるんだから慣れて当然」と言うばかり。
休日くらいは育児を手伝ってほしいと頼んでも、「毎日働いてるのに休みまで自由がないのか」と不満そうでした。
さらに、「母親なら育児をして当たり前」「働いていないのに家事育児の両立ができないなんて甘えだ」とまで言われ、私は追い詰められていきました。お風呂に入る時間さえほとんど取れず、夜泣き対応もすべて私任せ。それでも夫は、自分は十分やっているつもりだったようです。
高熱の私と娘を放置…夫の冷酷なひと言
そんな生活が続いたある日、私も娘も発熱してしまいました。私は39度近い熱があり、娘を抱っこしながらでは横になることすらできません。私は夫に「帰ってきて」「病院に連れて行って」と連絡しました。
ところが夫は、「うつされたくない」「来週大事なプレゼンがあるから帰れない」と拒否。救急病院へ行きたいと頼んでも、「LINEしてないで寝てろ」と冷たく返すだけでした。さらにその日は、「風邪をうつされたくないからホテルに泊まる」とまで言い出したのです。
私はそのとき、この人にはもう頼れないと痛感しました。
義母が駆けつけ入院…届いた夫の鬼LINE
その後、私の連絡を受けた義母が急いで駆けつけ、私と娘を病院へ連れて行ってくれました(私の母は他界しています)。私はそのとき意識が朦朧としていたようで、娘も十分にミルクを飲めていない状態だったため、2人ともそのまま入院になりました。
数日後、「最近見かけないけど、どこにいるんだ?」と、ようやく夫から連絡が来ました。しかし、その内容は私たちの体調を気遣うものではなく、「家事をサボるな」「専業主婦は気楽でいいよな」といった責める言葉ばかりでした。
そのとき返信したのは、私ではなく義母でした。――「奥さんと子どもは亡くなったよ」と。
もちろん、それは夫に自分のしたことの重大さを思い知らせるための言葉でした。夫は驚き、誰だと取り乱したあとで、相手が自分の母だと知って青ざめたそうです。そして慌てて、「亡くなったとはどういうことなのか」と問い詰めました。
義母は、もし病院へ行くのが遅れていたら最悪の事態もあり得たこと、産後で体力が落ちた私が高熱で倒れていたことを伝えたそうです。夫は「ただの風邪だろ」としか思っていなかったのでした。
反省ゼロの夫に、私が決めたことは
退院後、私は義母の家で過ごしました。そして入院から2週間後、夫と話し合い、自分の気持ちをはっきり伝えました。高熱の私と娘を見捨てたことは決定的でしたが、それだけではありません。娘が生まれてからずっと、夫は育児も家事も私に押しつけ、私の訴えに向き合おうとしなかったのです。
夫は謝り、これからは変わる、もう一度チャンスがほしいと言いました。けれど私には、今さらとしか思えませんでした。困っているときに助けてくれない夫と、この先も一緒に子どもを育てていくことはできない。そう感じたのです。
しかも、話し合いに行くと伝えていた日の家は散らかったままでした。少しでも反省しているなら掃除くらいしているはずなのに、結局何も変わっていないのだと、そのときはっきりわかりました。
別居後、豹変した夫。それでも戻れない理由
その後、私たちは何度か話し合い、ひとまず1年間は別居することになりました。夫婦としてやり直す気持ちはありませんが、父親として責任を果たす意思があるのなら、その機会だけは残そうと思いました。
別居後、夫は時間を見つけては娘に会いに来るようになり、人が変わったように娘の世話をするようになりました。正直、一緒に暮らしていたころより父親らしく見えるほどです。それでも、言われたことやされたことを許すつもりはありません。
これから先も大変なことはあると思いますが、私は義母や周りの力も借りながら、娘が安心して暮らせる環境を整えていくつもりです。母として、親として、できる限りの愛情を注いでいきたいと思っています。
◇ ◇ ◇
産後は想像以上に心身への負担が大きく、特に夜泣きが続くと、慢性的な寝不足や体調不良に悩まされることも少なくありませんよね。本来であれば、パートナーがその大変さを理解し、支え合うことが何より大切な時期。
夫婦のかたちはそれぞれですが、「困っているときにどう向き合ってくれるか」は、関係を続けていくうえで大きな指標になることもありますよね。自分と子どもが安心して過ごせる環境を優先するという選択は、決して間違いではないのかもしれませんね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、子育てから逃げようとする夫たちに対し、妻の味方になった義母が現実を突きつけるエピソードをご紹介しました。
育児に慣れていない、仕事で疲れているという事情があったとしても、子どもと向き合わず、妻ひとりに負担を押しつけていい理由にはなりません。特に産後は、心身ともに不安定になりやすく、周囲の支えが必要な時期です。
今回のように、義母が息子をただかばうのではなく、妻や子どもの状況を理解し、厳しく向き合ってくれたことは大きな救いだったのではないでしょうか。つらいときはひとりで抱え込まず、信頼できる人に助けを求めながら、夫婦で子育てに向き合える形を考えていきたいですね。