義母と夫「子どもができないのは嫁のせい!」望まぬ2択を突きつけられた妻が即答→二人が絶句したワケ

私は当時29歳で、パートをしながら夫と2人で暮らしていました。
夫とは、親友を通じて知り合いました。親友の兄と夫が友人同士で、何度か4人で食事や遊びに出かけるうちに自然と距離が縮まり、交際へ発展。そのまま結婚しました。
結婚当初は穏やかな毎日で、義母との関係も悪くなかったのですが……義父が亡くなったことをきっかけに義母と同居を始めてから、生活は少しずつ変わっていったのです。
最初は穏やかだった義母が変わり始めたのは、義母の妹に初孫が生まれてからでした。
「妹のところは、もうおばあちゃんになったのよ」
そう言っては、ため息をつくようになっていったのです。
まだ見ぬ孫への執着
最初は軽い愚痴だと思っていたのですが、次第にその言葉は私への圧力に変わっていきました。
「若いうちに産まないと大変よ」
「早く孫の顔を見せてちょうだい」
耳にタコができそうなくらい、義母は同じ言葉を繰り返しました。やがて義母は、生活にも干渉してくるようになりました。
ある日のこと。帰宅すると大量のサプリメントがテーブルに並べられていました。
「妊活に良いって聞いたから買っておいたの」
「全部ちゃんと飲んでね」
それから義母は、私が毎日欠かさずサプリメントを飲んでいるか、監視するようになったのです。
さらに、「体を冷やす服はダメ」「甘い物は控えなさい」「外食ばかりしてるから妊娠できないのよ」と、食事や服装にまで口を出されるように。私は次第に閉塞感を抱くようになっていきました。
義母の肩を持つ夫
義母は「妊活中なんだから体を動かしたほうがいい」と言って、家事をすべて私に押しつけてきました。
仕事から帰宅しても、食事の準備、掃除、洗濯は当然のように私任せ。体調が悪くても休ませてもらえませんでした。
私は夫に、義母から毎日のように子どものことで責められてつらいこと、家政婦のように扱われていることを伝えました。しかし、返ってきたのは冷たい言葉だけ。
「母さんも悪気があるわけじゃない」
「それくらい我慢しろよ、母さんを怒らせるお前が悪いんだから」
さらに夫は、「俺は人より稼いでるんだから、お前は結婚できただけありがたいと思え」とまで言ってきたのです。
そして夫も、義母と同じく不妊の原因は私にあると考えていました。
「俺は昔検査したことあるし、問題ない」
「お前が原因に決まってる」
私が一緒に検査を受けに行こうと何度言っても、夫は拒み続けました。
このままでは心が壊れてしまう。追い詰められ、離婚を考えるようになった私は、親友の兄に連絡を取りました。親友の兄は弁護士です。
「まずは証拠を残したほうがいい、録音をしておくといいよ」
親友の兄からの冷静なアドバイスを受け、私は義母や夫との会話を記録するように。さらに、スマホに送られてきた暴言もすべて保存しました。
それまでは二度と見たくないと思って即座に消していたのですが……保存するたびに、だんだんと夫への愛情も消え失せていくようでした。
望まぬ2択を突きつけられ…
ある日の夜、帰宅すると夫と義母がそろって座っていました。そして義母が突然こう言ってきたのです。
「不妊治療をするか、養子を迎えるか、どっちにするの?」
あまりに一方的な言い方に、私は言葉を失いました。
「家の空気が良くなるなら、養子でもいいんじゃないか」と夫。
「どちらでも、妹に自慢できるでしょ」と義母。
その瞬間、この人たちは“子ども”を一人の人間として考えていないのだと感じました。
私はため息をつき、かばんから1枚の紙を取り出して、義母と夫の前へ。そこには、私の婦人科での検査結果が記されていました。
「先日、婦人科で検査を受けてきました。特に異常は見つかりませんでした」
しかし義母はすぐに「うちの息子が原因なわけないじゃない!」「絶対にあなたの問題よ!」と言ってきたのです。夫は黙ったままでした。
ああ、もう限界だ。そう思った私は深呼吸をして、はっきり言いました。
「私は、協力する気もない人と不妊治療を受けるつもりはありません」
「それに、この家で子どもを育てたいとも思えない」
「離婚します」
突然の離婚宣言に、義母は激怒。
「嫁のくせに何様なの!」
「今まで世話してやったのに!」
夫も、「離婚したところで、行くあてないだろ」と吐き捨てました。
ようやく取り戻した穏やかな暮らし
私はそれ以上何も言わず、最低限の荷物を持って家を出ました。そして向かったのは、親友の兄が在籍する弁護士事務所。
事務所に着いた私は、録音内容やこれまでの証拠を提示しながら、親友の兄にすべてを話しました。自分でも驚くほど冷静でした。
親友の兄を通して夫と話し合いを進めた結果、コツコツと残していた証拠も決め手となり、離婚は比較的スムーズに成立しました。
その後、人づてに聞いた話では、元夫は何度も婚活をしていたそうです。しかし、義母がすぐに子どもの話や養子の条件を口出しし、交際が長続きしなかったのだとか。なお、元夫に不妊の原因があったのかどうかは、未だにわかりません。
◇ ◇ ◇
一方の私は、離婚手続きを通じて私の心に寄り添い、傷ついた私を優しく支えてくれる親友の兄の誠実さに惹かれ、しばらくして自然と交際へ発展。やがて再婚しました。
あのころの私の価値は、「子どもを産めるかどうか」で決められていたように思います。じわじわと真綿で首を絞められるように、追い詰められていました。
しかし、本当に大切なのは、困ったときに支え合える関係かどうかだったのだと、今ならはっきりわかります。
今は、再婚相手となった夫と穏やかな家庭を築き、子どもにも恵まれました。これからもこの平穏な日々が続くように、夫と二人三脚で頑張っていこうと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、義母から早く孫を産むように迫られ、妊活に関する口出しや家事の押しつけに苦しめられていました。夫も義母の肩を持ち、不妊の原因を一方的に妻だと決めつける始末。ついには、不妊治療をするか養子を迎えるかという望まない選択まで迫られ、女性は自分を守るための決断を下すのでした。
続く2つ目のエピソードでは、義母との距離を縮めようと誕生日プレゼントを贈った女性が、思いもよらない暴言を浴びせられます。息子への執着と孫へのこだわりを隠そうともしない義母。しかし、その身勝手な言動を夫が知ったことで、義母が思い描いていた未来は大きく崩れていくのです……。
義母「孫はまだ?不妊治療すれば?」私「孫ならもう生まれてます」⇒実は…!

私は結婚して2年になる夫と、ふたりで暮らしています。
義母の誕生日が近づいたある日、私は「今年こそは」と思い切って、プレゼントを贈りました。夫から「母さんは食べるのが好きだから、食べ物がいいと思う。肉が好きだよ」と聞いていたので、すき焼きセットを選んだのです。正直、緊張していました。結婚してからというもの、義母は私に冷たく、会うたびにピリピリした空気が漂っていたからです。
それでも――ほんの少しでも距離が縮まるなら。そんな期待を胸に、義実家へ顔を出しました。
義母に誕生日プレゼントを渡したら…
玄関先で義母は箱を見るなり、眉をひそめました。「なにこれ? 誕生日プレゼントってこと?」私は慌ててうなずき、「夫から好物を聞いて、すき焼きセットにしました。お口に合うといいのですが……」と説明しました。ところが義母は、感心するどころか鼻で笑うように言ったのです。
「ふ~ん? 私に媚びを売ろうって魂胆が見え見えね」と、平然と言い放ちました。私は言葉を失いました。「そんなつもりは……」と否定しても、義母は止まりません。
「いくらすり寄っても、私はあんたのこと認めないからね。結婚して2年も経つのに、まだ孫も産めてない。かわいい息子を横取りした女を受け入れるなんてできないわよ!」
さらに義母は勝ち誇ったように続けました。「勘違いするんじゃないわよ? なんだかんだで、息子が一番愛してるのは母親である私だもの。あんたがどんなに出しゃばろうとも、所詮私には敵わないのよ」私は、ただ曖昧に息を吐き、「……そうですか」と返すのが精一杯でした。
突然「同居したい」と言い出した義母
翌日、夫はいつもの軽い調子で「先輩に誘われたから飲みに行ってくる。明日も仕事だから早めに帰ってきたいんだけどな~」と言いました。私は「お疲れさま。大変だね」と送り出し、いつも通りに振る舞いました。
夫は社交的で、飲み会もきらいではありません。むしろ、みんなでワイワイするのが好きなタイプです。ただ、出かける直前にふと、夫が探るように言ったのです。
「そういや、母さんと何かあった?」私は一瞬、呼吸が止まりました。「え、なんで?」と聞き返すと、夫はあっさり答えました。「いや、母さんがいきなり同居したいって言い出したからさ。2人だけの暮らしが心配だとか何とか」
胸の奥がざわつきました。私は本音を飲み込み、「親心じゃない? 何歳になっても息子のこと心配なんだよ」と笑ってみせました。夫は最後に、「何かあったら遠慮なく言って」とも言ってくれました。……それでも私は、言えませんでした。昨日あれだけの言葉を浴びたなんて、言ったら夫を困らせる気がしたからです。
1年後、義母から「同居の件は?孫は?」
それから1年。義母からの連絡は、徐々に“しつこいもの”へ変わっていきました。義母は、「同居の件はどうなってるのよ? こっちは早く息子と一緒に暮らしたいんだけど!」
私は何度も伝えてきた言葉を、もう一度繰り返しました。「今のところ、同居するつもりはありません」義母は聞く耳を持ちません。「息子は私と同居することに前向きに決まってる」と叫びます。
そして話題は、また“孫”へ。「孫はまだなの? 早く不妊治療しなさいよ。まったく、ノロマで使えない嫁ね!」私は、静かに言いました。「孫なら……もう生まれましたが」義母が固まり、「は?」と聞き返します。「2カ月前です」
義母は驚愕し、「妊娠したことすら知らなかった! なんで言わないの!?」と詰め寄ってきました。私は、これ以上ごまかすのをやめました。「夫に、言わなくていいと言われたので」
私ははっきり伝えました。「夫が言ったんです。お義母さんとは徐々に距離を置いて、いずれ縁を切ろうって。だから、孫ができたことも言わなくていいと」義母は信じず、「嘘つかないで!」と叫びました。私は、淡々と返しました。「嘘だと思うなら、確認してみたらどうですか?」
これまでの義母の言動を夫に話した結果
義母はすぐに夫へ連絡しました。「嫁が変なこと言ってたのよ! 私と縁を切ろうとしてるなんて、嘘よね? あなたがそんなこと言うはずないもんね?」
けれど夫の返事は、あまりにもあっさりしていました。「いや、本当だけど」義母は動揺し、「どうして……」と声を震わせます。すると夫は、核心に踏み込みました。「俺の妻をいびってたろ。だからだよ」義母からの電話や嫌味が続くなか、私の様子がおかしいことに気づいた夫に、私は義母から言われたことをすべて打ち明けたのです。
そして、義母の“自信”を根こそぎ崩す言葉を重ねました。「俺、母さんのこと毒親だと思ってる」夫は、ずっと飲み込んできた気持ちを語り始めました。奨学金を借りてでも進学したかったこと。けれど「働け」と言われたこと。「働いたお金を家に入れろ」と言われ、それが結婚してからも続いたこと。
「でも◯◯(私の名前)と出会って、何もかもが良い方向に転がった。もがいてる俺の手を引いて、泥沼から出してくれた。俺の恩人だよ」義母は、呆然としていました。反抗期すらない“いい息子”だと信じていたのに、実は“反抗しない”のではなく、“反抗したらもっと面倒になる”から黙っていただけだった。
夫は、決定事項として告げました。「妻に害が及ぶなら話は別。もう絶縁するし、許さない。同居の話も白紙な」
義母から届いた「反省する」のひと言
翌日、義母から私にメッセージが届きました。「お願い! 返信して! このまま二度と会えなくなるなんて嫌よ!」「反省するから! 縁を切るのだけはやめて!」「息子を失ったら私は天涯孤独になってしまうの!」
私は、静かに返しました。「息子さんの言葉がすべてです」義母は「友だちも親族もいない私を見捨てるの?」と泣き落としのように言いました。けれど、その言葉は逆に、義母がどれほど息子に依存してきたかを示すだけでした。
私は、言うべきことを言いました。今まで私は何度も歩み寄ろうとしたこと。拒絶し続けたのは義母のほうだったこと。最後に義母は、「どうか許して。誠心誠意謝るから」と懇願しました。けれど私は、はっきりと終わりを告げました。「和解の道はありません」
溺愛していた息子に距離を置かれた義母は、すっかり気力を失い、家は荒れ放題になっている――そんな話も耳にしました。一方で私たちは、赤ちゃんを迎え、家族として新しい生活を始めています。わが子はかわいい、でも依存しないようにしよう……義母を見てそう思っています。
◇ ◇ ◇
結婚や出産をきっかけに、義実家との距離感に悩んだ経験がある人も多いのではないでしょうか。今回は義母の言動を我慢し続けるのではなく、事実をきちんと共有し、夫が主体的に線を引いたことで、新しい家族の生活が守られました。家族だからこそ、あえて距離が必要な場合もあります。無理にわかり合おうとせず、自分たちの心と暮らしを守る選択をしてもいい――ということを心に留めておきたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、孫への執着が強すぎる義母に追い詰められた女性たちのエピソードをご紹介しました。
孫を望む気持ちがあったとしても、それを理由に妊活や不妊治療、養子といった選択を一方的に迫ったり、孫が欲しいあまり嫁を責めたりしていいわけではありません。妊娠や出産、子どもを迎えるかどうかは、周囲の期待や見栄のために決めるものではなく、夫婦や本人の気持ちを大切にしながら向き合うべきことです。
義母の思いが強すぎるあまり、嫁の心を傷つけ、夫婦の生活にまで踏み込みすぎれば、家族関係そのものが壊れてしまうこともあります。つらい言葉を我慢し続けるのではなく、信頼できる人と状況を共有し、自分の心と暮らしを守る距離感を考えていきたいですね。