夫がいなくなると、義母は別人になった
義母との同居が始まったのは、半年ほど前のことです。義父を亡くした義母が「広い家にひとりで暮らすのは心細い」と言い出し、夫の提案で一緒に暮らすことになりました。
当時の私は、義母が私たち夫婦との暮らしを望んでいるのだと思っていました。実際、同居を始めてからの義母は私にも穏やかに接しており、特に問題なく暮らしていたのです。
家は義母の名義でしたが、食費や光熱費の大半は私たち夫婦が負担し、壊れた給湯器やエアコンの交換費用も出していました。ところが、夫が3カ月の長期出張に出た途端、義母の態度が一変しました。今思えば、義母は夫の前で本音を隠していたのでしょう。
仕事を終えて午後7時過ぎに帰宅すると「こんな時間まで何をしていたの」と不機嫌そうにされ、総菜を買えば「手抜き」、洗濯を翌朝に回せば「だらしない」と嫌みを言われるようになりました。
休日に通院や買い物へ付き添っても、感謝されるどころか「息子の稼ぎがあるのに、どうして仕事を辞めないの」と責められる始末です。「あなたが働いているせいで、私はひとりで食事をしているのよ」とまで言う義母でしたが、私が食事を作って待っていても、友人と外食して帰らない日は少なくありませんでした。
夫に相談したことはあります。ただ、慣れない出張先で忙しくしている夫に余計な心配をかけたくなくて、「少し小言が増えたくらい」と軽く伝えるにとどめていました。私さえ我慢すれば、そのうち夫が帰ってくる。そう自分に言い聞かせていたのです。
「息子に言っても無駄よ」
ある晩帰宅すると、義母がリビングで腕を組んで待っていました。「今日、駅前で男の人と歩いていたでしょう」と言われ、取引先を訪問した帰りに、上司と駅まで歩いただけだと説明しても、義母は鼻で笑うばかりです。
「言い訳しなくてもいいわよ。息子には、あなたが夜遊びしていると伝えておいたから」
驚いて夫に確認すると、義母から「嫁の帰りが遅い」「男と会っているようだ」という連絡が何度も届いていることが分かりました。夫は義母の話を信じてはいなかったものの、「そこまで関係が悪くなっているとは思わなかった」と戸惑っていました。私が大ごとにしたくなくて、詳しく話してこなかったせいでもあります。
それでも義母は連絡をやめず、私が夕食に何を作ったか、何時に風呂へ入ったかまで報告したうえ、しまいには「この嫁とは別れた方がいい」と書き送るようになりました。私が抗議しても、義母は余裕のある笑みを崩しません。
「息子に言っても無駄よ。母親と嫁のどちらを選ぶかなんて、考えるまでもないでしょう?」
その言葉を聞き、私はようやく気付きました。義母が望んでいたのは私たち夫婦との同居ではなく、私を追い出して、息子である夫と2人で暮らすことだったのです。
それでも、私は言い返しませんでした。夫の出張が終わるまで、あと3週間。そこまで耐えればいいと思っていたのです。
私の部屋に積まれていた段ボール
その週の金曜日、私は職場の送別会に参加しました。帰宅が遅くなることは以前から義母に伝えてありましたが、終電を逃す時間でなくても義母と顔を合わせる気力がなく、同僚の家に泊めてもらうことにしたのです。
翌朝、義母から1枚の写真が届きました。写っていたのは、私の部屋に積み上げられた段ボール箱です。クローゼットの服や本、化粧品まで、勝手に詰め込まれていました。続けて届いたメッセージは、「荷物まとめておいたから出て行って」「クソ嫁は要らない。息子と離婚してねw」というものでした。
画面を見つめるうち、悔しさよりも先に怒りが込み上げてきました。これまでどれだけ嫌みを言われても敬語を崩さずにいた私でしたが、勝手に私物へ触れ、家から追い出そうとする義母に、もう気を使う理由はないと思ったのです。
私は一言だけ返信しました。
「了解です♡」
すぐに既読が付き、「え……?」「何それ、馬鹿にしているの」と返ってきます。私が取り乱すか、謝って帰ってくるとでも思っていたのでしょう。拍子抜けしたのか、義母はそれでも強気を崩しませんでした。
「とにかく、今日中に荷物を持って行きなさい。息子が帰ってきたら、私から全部説明するから」
私は深く息を吐いて、もう1通送りました。
「では、私たちは出て行きます」
「私たち?」
間を置かず、義母から返信が来ました。
「出て行くのはあなただけよ。息子は関係ないでしょう」
先ほどまで余裕たっぷりだった文面から、急に落ち着きが消えていました。
義母が追い出したのは、私だけではなかった
実は、私は「了解です♡」と返したあと、義母から届いた写真とメッセージを夫へ送っていました。すると夫から、「もう母さんとは一緒に暮らせない。2人で家を出よう」と返信が来ていたのです。
私はその後の義母とのやり取りも、全て夫へ送りました。しばらくして義母から電話がかかってきて、出るなり「息子に何を吹き込んだの」と責められます。そのとき、夫から私に「今から母さんに電話する」とメッセージが届きました。私は義母との通話を切り、あとの話を夫に任せることにしました。
夫によると、義母は最初「嫁が勝手に出て行くと言った」と説明したそうです。けれど夫が私の送った写真とメッセージを読み上げ、「妻の荷物に勝手に触ったうえ、離婚しろとまで言ったんだろう。もう一緒には暮らせない」と告げると、義母は「少し脅しただけ」「本当に追い出すつもりはなかった」と、急に言い訳を始めたといいます。
それでも夫は譲りませんでした。義母から事実と異なる連絡が続いていると分かってから、私たちは出張が終わったら同居について話し合おうと決めていたのです。まだ具体的な結論は出していませんでしたが、義母が勝手に私の荷物をまとめたことで、夫は同居を解消すると決断したのです。
夫は出張先から数日後の休日に一時帰宅し、行き違いを避けるため、義母にも立ち会ってもらったうえで荷物を確認して、必要な物を運び出しました。処分された物はなく、段ボールの中身にも大きな破損はありません。私は夫の出張が終わるまで、勤務先に通いやすい短期賃貸住宅で暮らし、夫の帰任後に2人で住む部屋を探すことにしました。
荷物を運び終えたあと、夫は義母に、翌月から義母宅の食費や光熱費は負担しないこと、これまで夫婦が出してきた家電の買い替えや家の修繕も、今後は義母自身で手配してもらうことを伝えました。すると義母は玄関に立ったまま顔をこわばらせ、「待って。あなたたちが出たら、この家をどうすればいいの?」と声を震わせます。
「母さんの家なんだから、母さんが管理するしかないだろう」夫が淡々と答えると、義母は「嫁に謝らせるつもりだっただけ」「家族なのだから助け合うのが普通」と、何度も言葉を変えました。それでも、私に謝ることはありません。最後まで、悪いのは自分ではなく怒った私の方だと思っていたのでしょう。
その後も義母から夫へ、庭の手入れが大変だ、電気代が高い、買い物へ連れて行ってほしいと連絡が来ました。夫は必要最低限の返信だけをして、以前のように全てを引き受けることはやめました。
私たちは駅から少し離れた、小さな賃貸マンションへ引っ越しました。義母の物音を気にせず洗濯ができ、疲れた日は総菜を並べても誰にも文句を言われません。休日には夫と近所の家具店を回り、少しずつ部屋を整えています。
最近は、前から気になっていた料理教室にも通い始めました。誰かに食事を作れと命じられるのではなく、自分が覚えたい料理を、自分のために習う時間です。今は2人で頭金をためながら、数年後に自分たちの住まいを購入できたらと話しています。義母の顔色をうかがわずに玄関を開けられる毎日は、想像していたよりずっと身軽でした。
◇ ◇ ◇
家族だからと我慢を重ねるうちに、どこまでが思いやりで、どこからが無理なのか、線引きが見えなくなることもあります。嫌だと感じた言葉や出来事を記録に残し、信頼できる人へ具体的に伝えてみる。それだけでも、自分の置かれた状況を見直し、無理な関係に線を引くきっかけになるかもしれませんね。