面接会場でまさかの再会
高校卒業後、町工場で製造の仕事を続けてきた僕。現場で培った知識を武器に、新たな環境へ挑戦したいと思い、営業職への転職を決意しました。
何社か応募した中で、とあるメーカーから面接の案内が届き、当日、指定された場所へ向かったのですが……。ドアを開けた瞬間、思わず足が止まりました。
待合室にいたのは、高校時代の同級生・A男だったのです。まさかこんなところで会うとは思わず、お互い顔を見合わせて驚いたあと、自然と近況を話し始めました。
A男は有名大学を卒業後、大手企業で営業として働いているとのこと。一方、僕が高校卒業後から町工場で働いてきたことを話すと、彼は笑いながらこう言ったのです。
「高卒じゃ勝負にならないだろ」
冗談めいた口調ではありましたが、その言葉には僕を見下すような響きがありました。言い返そうとは思わず、「そうかもしれないな」と苦笑いするしかありませんでした。
社長のひと言で空気が変わる
面接は僕とA男、2人同時におこなわれました。自己紹介になると、A男は有名大学を卒業し、大手企業で営業として成果を上げてきたことを堂々とアピールします。
そして最後に、こう締めくくりました。
「営業は結果がすべてです。今回も負けるつもりはありません。少なくとも、高卒の人には」
そう言うと、ちらりと僕を見て、小さく笑ったのです。社長は少し驚いたような表情を浮かべましたが、A男の話を最後まで聞き終えると、穏やかにこう言いました。
「ありがとうございます。ただ、わが社では学歴や経歴だけで人を評価することはありません。どうぞ肩の力を抜いて、お話しください」
A男は気まずそうに視線をそらし、さっきまでの余裕そうな表情は消えていました。
続いて自己紹介を求められた僕は、高校卒業後から町工場で製造の仕事に携わってきたことを簡潔に伝えました。その後は転職理由や仕事で大切にしていることなど、ごく一般的な質問が続きます。
僕は一つひとつの質問に丁寧に答え、「町工場では一人では仕事はできません。多くの人に支えられてきたからこそ、今の自分があります」と、自分の思いを率直に伝えました。
一方のA男は受け答え自体は的確でしたが、「前職では当たり前のことでした」「営業なら当然です」と、自分の実績を語る場面が目立ちました。
採用されたのは僕だった
面接が終わると、社長は少し考え込むように僕たちを見つめていました。営業部長が口を開こうとした、そのときです。社長は静かに手で制すると、こう言いました。
「本来であれば後日ご連絡するところですが、今回は急な人員募集のため、この場で結果をお伝えします」
僕もA男も思わず姿勢を正しました。
「今回、採用させていただくのは……○○さんです」
呼ばれたのは、僕でした。
待合室であれほど自信に満ちていたA男は、信じられないという表情のまま固まっています。一方、営業部長も一瞬驚いた表情を見せましたが、社長の顔を見ると、小さくうなずきました。
「……納得できない」
そうつぶやくと、A男は足早に面接会場を後にしました。
一方の僕は、ただ驚くばかりでした。経歴だけを比べれば、A男のほうが立派だったからです。
社長が見ていたのは…
入社後、営業の仕事は想像以上に難しいものでした。電話応対や商談、見積書の作成など、初めて経験することばかり。思うように成果が出ず、落ち込む日もありました。
それでも先輩に教わりながら勉強を重ね、わからないことは現場の担当者にも積極的に聞きに行きました。町工場で働いていた経験も少しずつ活かせるようになり、お客様から技術的な相談を受ける機会も増えていったのです。
ある日、思い切って社長に尋ねました。
「どうして僕を採用してくださったんですか?」
社長は少し笑って、こう答えました。
「営業は、人との信頼で成り立つ仕事です。私は、相手を尊重できる人にお客様を任せたいと思いました。面接では、その姿勢を見ていたんです」
その言葉を聞いて、面接の最初に社長が話した「学歴や経歴だけで人を評価しない」という言葉の意味を、ようやく理解しました。
今でも営業として学ぶことはたくさんあります。それでも、町工場で培った経験と、人への感謝を忘れず、お客様から信頼される営業でありたい――そう思いながら、今も仕事に向き合っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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