高熱で苦しむ私と娘を残し、ひとりホテルに避難した夫→義母「もう会えないよ」妻子を見捨てた夫の末路

年下の夫は自分の若さを鼻にかけ、平日は飲み会、週末はゴルフと遊び歩いてばかり。家事や育児は私に任せきりで、完全なワンオペ状態でした。そんな私が倒れずにやってこられたのは、近くに住む親切な義母の存在があったから。
そんなあるとき、私と幼い娘が同時に高熱を出して倒れてしまい、夫婦のあり方を根本から揺るがす決定的な事件が起きたのです。
高熱の妻子を見捨てる逃亡夫
ある週末、私と娘はそろって風邪をひいてしまい、39度を超える高熱を出して寝込んでしまいました。娘はぐったりとして泣き続け、私も全身の関節が痛んで起き上がることすら困難な状態。いつもなら義母に助けを求めるところですが、高齢の義母にうつしてしまっては大変だと思い、今回ばかりは連絡を控えていました。
さすがにこの状況なら、普段は遊び歩いている夫も看病してくれるだろう。そう期待して助けを求めたのですが、甘かったようです。夫は苦しむ私たちを見て心配するどころか、バイキンでも見るかのようにあからさまに距離を取り、露骨に嫌な顔をしました。
「うわ……俺にうつすなよ!? 仕事に響いたらどうするんだよ」
そう言うと、「俺はしばらくホテルに泊まるから」とためらうことなく荷物をまとめ、そそくさと家を出ていってしまったのです。取り残されたのは、高熱で身動きが取れない私と、泣き疲れて荒い息をしている娘。私はフラフラの体にむちを打ち、往診サービスを頼んでどうにか薬を処方してもらいましたが、心身ともに限界がきてしまいました。
絶望の中で現れた心強い味方
翌日になっても熱は下がらず、このままでは本当に危険だと感じた私は、意を決して義母に電話で事情を話し、助けを求めました。
義母は、感染対策をしっかりした上で、すぐに駆けつけてくれました。手際よく部屋を片付け、娘には消化のいいゼリーを、私には温かい雑炊を作ってくれました。そして、ひと通りの看病を終えた後、義母は私の枕元に座り、やさしく私の手を取ってこう言いました。
「つらかったね。こういうときに家族を助けないなんて、あの子は間違ってる。つらくなったらいつでも私に助けを求めてね」
義母の温かい言葉に、張り詰めていた糸が切れ、私は思わず泣き出してしまいました。そして、家族の危機に自分ばかりを優先する夫を思い返し、今後の夫婦のあり方について深く考えさせられたのです。
「もう会えないよ」義母の言葉に夫は
数日後、すっかり熱も下がり体調が回復してきたころ、私は実家に帰る決意をし、寝室で荷物をまとめていました。手伝いに来てくれていた義母は、家族を顧みない情けない息子に対して、静かに怒りを燃やしていました。
そこへホテル生活を満喫した夫が何食わぬ顔で帰ってきました。リビングに私と娘の姿はなく、そこにいたのは義母のみ。夫は、慌てた様子で義母に尋ねました。
「なんで母さんが家にいるんだ!? あいつらは?」
義母は冷たい視線を夫に向け、静かに言い放ちました。
「2人にはもう会えないよ。あんなに高熱の家族を置き去りにするなんて……」
その言葉を聞いた夫は、私たちが愛想を尽かして家を出ていってしまったのだと血の気を失い、「嘘だろ……」と膝から崩れ落ちたのです。
突きつけた一枚の紙
そこへ、私が荷物を持って寝室からリビングに姿を現しました。すでに出て行ったと思い込んでいた私が目の前に現れ、夫は目を丸くして驚いています。義母の「もう会えない」という言葉は、「今まさに家を出て行くから、もう会えない」という意味だったのです。私は静かに、しかしきっぱりと告げました。
「お義母さんが親身になってくれたから今日まで耐えられたけれど、こんな苦しいときに私たちを見捨てるなんてあんまり。今から実家に帰ります」
実家で離婚の準備を進めるつもりで、あらかじめ離婚届も手元に用意していました。事の重大さに気づいた夫は、泣きそうな顔で謝罪を繰り返します。
夫は「次に同じような身勝手な行動を取ったら、迷わずこの離婚届を出してくれて構わない。だからもう一度だけチャンスをくれ!」と必死に懇願してきました。すぐに出て行くつもりでしたが、私のために本気で怒ってくれた義母の誠意と娘の将来を考慮し、踏みとどまることにしました。
夫には、その場で離婚届に署名と押印をさせた上で私が保管することにしたのです。これを夫への最後の約束とし、今回限り許すことにしました。
あれから夫は、少しずつですが家事や育児に関わろうとする姿勢を見せるようになりました。これからもその変化を冷静に見極めていこうと思っています。
◇ ◇ ◇
病気で心細いときや、どうしようもなく苦しいときこそ、いちばん近くにいる家族の存在が大きな支えになるものです。お互いに支え合って一緒に乗り越えていける関係でありたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
義母のサポートと、妻が突きつけた「離婚届」によって、逃亡夫をなんとか改心させる第一歩を踏み出しました。いざというときに叱ってくれる義母の存在は本当にありがたいですね。
しかし、世の中には限度をはるかに超え、取り返しのつかない裏切り行為に及ぶ夫も……。続いてご紹介するのは、「息子の事故」という緊急事態にすら嘘をつき、不倫相手とのデートを優先した最低な夫のお話です。嘘で塗り固められた夫の末路とは?
夫「しつこいな!」事故に遭った息子を見捨てて不倫デート→嘘の出張を盾に病院行きを拒否した代償

私は在宅でパートの仕事をしながら、3歳の息子の育児と家事をこなす日々を送っていました。夫は会社員で、結婚当初はそれなりに家庭のことにも協力してくれていたのですが、次第に残業が増え、帰宅は終電近くが当たり前に。朝は息子が起きる前に出勤し、夜は寝かしつけた後に帰ってくる——そんな生活が何カ月も続いていました。
家事も育児も、気づけばすべて私が担っていました。夫に「せめて休日だけでも息子と遊んでほしい」と頼んでも、「休みは仕事の疲れを取りたい」と取り合ってくれません。私の仕事についても「在宅なんだから」と鼻で笑い、家計を支えている自分だけが疲弊しているような口ぶり。
不満を感じながらも、仕事が落ち着けば元に戻るはずと信じて、私はなんとか日々を回していたのです。
積み重なる違和感
夫は「もう少しで仕事が落ち着く」「来月からはちゃんとやる」と繰り返しました。あるときは、久しぶりに息子を遊園地に連れて行く約束をしてくれたこともありました。息子はヒーローショーを何日も前から楽しみにしていました。
ところが当日の朝、夫は「取引先との急な用事が入った」と言って、息子にひと言も声をかけずに家を出て行ったのです。残された息子は2時間近く泣き続け、私はなだめるのに必死でした。
夫に抗議すると「取引先だから断れなかった」「今回だけ許してくれ」と言うばかり。守れない約束なら最初からしないでほしい、と伝えましたが、夫には本気で受け止めている様子がありませんでした。
その後も、夫は「出張が入った」「今月で忙しいのは終わる」と言い続けました。しかし何カ月経っても状況は変わりません。仕事の忙しさを理由に家庭から遠ざかり続ける夫に、言いようのない不安が少しずつ膨らんでいきました。
あの日の出来事
ある日、私は義母と息子の3人で、義母が通っている美術教室の展示会に出かけていました。この日も夫は、出張と言って家を空けていました。
しかし街中を歩いていると、息子が突然「パパ!」と叫んで走り出したのです。人混みの向こうに、出張中であるはずの夫の姿があったのです。息子は夫に向かって駆け出し、その瞬間、自転車と衝突しました。
私は自分の不注意を深く反省しながら、息子を抱えて病院へ向かいました。夫に何度も電話をかけましたが、一向に出ません。メッセージも何通も入れましたが既読になりません。そして数時間後、ようやく届いた返信は、あまりに無慈悲なものでした。
「何度も電話してくんなよ!」
「出張中だって言ってるだろ」
「何度もしつこいな! 俺が病院に行ったところで状況が変わるわけじゃないだろ」
しかし私は見ていたのです。夫が女性と手をつないで歩いていたことを。義母もそれを目撃していました。私が「出張? 女と一緒に私の目の前を歩いてたのに?」と返し、息子が事故に遭った経緯を説明しました。
そして私は、「不倫そのものより、息子がけがをしているときに嘘をついてまで自分を優先していることが許せない。もう、あなたを父親として見ることはできない」と告げました。
すると夫は、慌てて「今から行く」と言いましたが、私は「来なくていい。私たちにもう二度と近寄らないで」と返しました。息子は数針縫うけがを負いましたが、幸い予後は良好で、機能的な障害も残らないとの診断でした。
崩れた嘘
その夜、再び夫から連絡がありました。夫は往生際悪く、「あれは不倫じゃない。同級生が悩んでいたから、ただ相談に乗っていただけなんだ。久しぶりに会って、つい学生時代のノリで手をつないでしまっただけだ」と苦しい言い訳を並べ立てましたが、何を言っても無駄です。
その後、夫のスマホに残っていたやり取りや共通の友人への聞き込みで、夫の不倫相手が誰か、判明しました。相手はあろうことか、地元の集まりで再会した友人の奥さんだったのです。出張と偽っていた日の多くを、彼女との密会に費やしていた証拠もそろいました。
「離婚してほしい」と改めて伝えたとき、夫は泣きながら「家庭を捨てるつもりはなかった。一時的な関係だった」と繰り返しました。しかし私の心はもう決まっていました。仕事の忙しさを理由に家庭を放置し、息子との約束も破り、不倫相手との時間を優先し続けた事実。何より許せなかったのは、息子がけがをした緊急事態にすら嘘をついて逃げようとした不誠実さです。積み重なった不信感は、もはや修復不可能なレベルに達していました。
再出発
離婚の話し合いには義母が同席してくれました。義母は終始、私の味方をし、夫を厳しくたしなめてくれたおかげで、離婚届にはスムーズにサインをもらうことができました。
離婚後、私は息子を連れて実家に戻りました。両親と4人での暮らしは穏やかで、息子はいつも遊んでくれる人がそばにいることを喜んでいるようです。養育費のやり取りで元夫とは最低限の連絡を取っていますが、復縁するつもりは一切ありません。息子が寂しい思いをしないよう、これまで以上に愛情を注いでいこうと思っています。
◇ ◇ ◇
「仕事が忙しい」という言葉は、家庭において免罪符のように使われることがあります。しかも、その裏で家族への約束が破られ、信頼が少しずつ削られていけば、やがて取り返しのつかない亀裂になりかねません。家族と過ごす時間は、意識しなければあっという間に失われてしまうもの。一緒にいられる「今」を当たり前と思わず、目の前にいる大切な人との日々を、心から大事にしていきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
「病気の妻子を残してホテルへ逃げる」「息子の事故より不倫を優先して嘘をつく」といった振る舞いは、親として、そしてパートナーとしての資格を自ら放棄しているのと同じではないでしょうか。パートナーが家族を見捨てるような不誠実な行動をしたときは、まずは、客観的な事実をもとに信頼できる第三者を交えて話し合うことが大切ですね。それでも改心する兆しが見えない場合は、自分と子どもの未来を守るために、関係を解消するという選択肢も視野に入れて、行動したいですね。