義母の看病を申し出た妻
ある日、妻が深刻な表情で話しかけてきました。
「お母さんが体調を崩したみたいなの。しばらく自宅で療養することになったから、私が実家で世話をしたい」
義母は責任感が強く、多少具合が悪くても無理をしてしまう人でした。妻が心配するのも無理はないと思い、私は反対しませんでした。妻はもともと在宅勤務が中心だったため、仕事を続けながら3カ月ほど実家で過ごす予定だと言いました。
「もちろんだよ。お義母さんが早くよくなるといいね。僕も休みの日に手伝いに行くよ」
そう伝えると、妻はなぜか困ったような表情を浮かべて「あなたは来なくて大丈夫。今のお母さんには、人に会う気力がないみたいだから」と言いました。
「でも、買い物くらいなら手伝えるよ」と私が重ねて申し出ると、「本当に大丈夫。連絡も私を通してほしいの」と、妻は頑なに私の申し出を拒みました。
義母の体調がそれほど悪いのなら、無理に訪ねるべきではないと思い、私は妻の言葉に従いました。普段から義母とは、会えば親しく話すものの、電話やメッセージで直接やりとりすることはほとんどありませんでした。そのため、妻から「連絡は私を通してほしい」と言われても、当初は不審に思わなかったのです。
しかし、妻が実家へ戻ってからしばらくすると、連絡の回数が少しずつ減っていきました。義母の体調を尋ねても、「まだ本調子じゃない」「今日は疲れているみたい」と、短い返事しか来ません。
看病で余裕がないのだろうと思い、私はそれ以上問い詰めませんでした。
義実家への訪問を激しく拒まれて
妻が実家へ戻ってから、間もなく3カ月がたとうとしていたころのことです。偶然、仕事で義実家の近くまで行くことになりました。玄関先で差し入れを渡すくらいなら、義母の負担にはならないだろうと思い、妻にその旨を連絡しました。
「今日、仕事で実家の近くまで来ているんだ。お義母さんの体調はどう?」
すると、すぐに妻から電話がかかってきました。
「実家には来ないで!」
突然の強い口調に驚き、私は言葉に詰まりました。
「家には上がらないよ。差し入れを玄関先に置くだけだから」と言うと、妻は「来ないでって言ったじゃない。勝手に来ようとするなんて非常識だよ!」と言いました。
「そこまで怒らなくても……。何か都合が悪いの?」と私が尋ねると、妻はさらに声を荒らげました。
「お母さんの看病で、私も余裕がないの! 部屋だって片付いていないし、とにかく今日は来ないで!」
あまりにも強く拒まれたため、私は結局、義実家へ立ち寄ることを諦めました。義母の体調が理由だとしても、玄関先まで来ることを拒むのは不自然に感じました。過剰な拒絶に違和感は覚えましたが、まさか妻が不貞関係を隠しているとは思いもしませんでした。
義母から知らされた看病のウソ
妻からは、翌日には予定通り自宅へ戻ると聞いていました。そして翌日、妻が3カ月ぶりに帰宅しました。「お母さんは、もう大丈夫なの?」と私が尋ねると、妻は目を合わせないまま、「うん。だいぶ元気になったから」と答えました。
「それなら、お見舞いに行けなかったことを謝りたいし、一度電話してもいいかな」
すると妻は、またしても慌てた様子を見せました。
「まだ疲れているから、連絡しなくていいよ」
その反応に違和感を覚えた私は、職場に着いた後、仕事の休憩中に義母へ直接電話をかけました。
「お久しぶりです。体調はもう大丈夫ですか?」
すると、義母は戸惑った声で聞き返しました。
「体調? 何のこと?」
「お義母さんが体調を崩されたので、妻が看病のためにそちらへ行くと聞いていたのですが……」と、事情を説明すると、義母はしばらく黙り込んだ後、こう答えました。
「私は体調を崩していないし、看病なんてされていないわよ。あの子がここ3カ月で顔を見せたのも、数回だけよ」
電話を切った後、私は妻への疑念がどんどん膨らんでいくのを感じました。
帰宅すると、出迎えてくれた妻に「この3カ月、本当はどこで何をしていたんだ」と尋ねました。それでも妻はしばらく「お母さんが勘違いしているだけ」と否定し続けました。
しかし、義母の話と妻の説明は明らかに食い違っています。私は冷静に、これまでの行動や連絡が減った理由について説明を求めました。
妻の説明は、「実家にはいた」「知人の家にも泊まった」と二転三転しました。そこで私は、「このまま本当のことを話さないなら、お義母さんにも同席してもらって、改めて話をしよう」と伝えました。すると妻は、実家以外の場所で寝泊まりしながら、学生時代の同級生と関係を持っていたことを認めました。
さらに、妻は妊娠していることも打ち明けました。
「病院では妊娠7週だと言われたの。時期を考えると、相手との間にできた子どもだと思う」
妻が家を出てから、私たち夫婦は一度も会っておらず、その前もしばらく夫婦関係はありませんでした。そのため、私の子どもではないという妻の説明に、時期の上で大きな矛盾はありませんでした。それでも、あまりにも突然のことで、私はすぐには現実を受け止められませんでした。
さらに、相手にも妻子がいると言います。妻によると、妊娠を伝えても「自分の家庭を壊すことはできない」と言われたそうです。妻は「あなたにも説明しようと思っていたの」と言った後、涙目になってこう言いました。
「ひとりで産んで育てる自信がない。もう二度とこんなことはしないから、この子のことも一緒に考えてほしい」
妻はそう訴えました。しかし、私の中では、不貞行為だけでなく、義母の病気まで作り上げて私を欺いたことへの嫌悪感が膨らんでいました。妻が妊娠している子どもを、私と夫婦として育てたいという申し出も、私には受け入れられませんでした。
私は「もう夫婦としてやり直すことはできない。離婚したい」と伝えましたが、妻は離婚に応じようとしませんでした。
ウソを重ねた妻とは、やり直せなかった
私は妻とのメッセージや、これまでの経緯を時系列でまとめた記録を整理し、弁護士に相談しました。妻が妊娠している子どもとの法律上の父子関係を否定するには、離婚とは別の手続きが必要だと説明を受け、弁護士と相談しながら対応することにしました。
また、離婚や慰謝料に関しても、感情だけで話を進めず、依頼した弁護士を通じて条件を整理しました。
義母は何度も私に「娘が本当に申し訳ないことをしました。あなたが離婚を選ぶのも無理はないと思っています」と謝ってくれました。
義母に責任がないことはわかっていました。むしろ、自分が病気だというウソを勝手に作られ、そのウソを口実に利用された義母も、妻に裏切られた1人だったのだと思います。
妻はその後も離婚に応じようとしませんでしたが、弁護士を通じて話し合いを重ねた末、離婚が成立しました。妻の出産後には、弁護士の助言を受けながら、父子関係に関して必要な手続きを進めました。後に義母から、妻は義母の支えを受けながら子どもを育てていると聞きました。
今回のことで私が最もつらかったのは、妻に別の相手がいたことだけではありません。義母を心配する私の気持ちを利用し、何カ月もの間、平然とウソを重ねていたことでした。
今回の出来事を通じて、夫婦の信頼は、日々交わす言葉を疑わずに受け止められることに支えられているのだと痛感しました。
離婚を決めるまで迷いはありましたが、事実を知った以上、形だけの関係を続けることはできませんでした。自分の意思で区切りをつけたことが、生活を立て直すための第一歩になったと思っています。
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家族の体調を理由にされれば、相手を信じて見守ろうとするのは自然なことです。主人公にとって何よりつらかったのは、妻の不貞だけでなく、義母を思いやる気持ちまで利用されていたことだったのでしょう。積み重なったウソによって失われた信頼は簡単には戻らないもの。事実と向き合い、自分の生活を立て直すために関係へ区切りをつけた主人公の決断が印象に残る体験談です。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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