プロポーズ前日に…
少し前から、A子はスマホを片時も離さず、休日の予定も詳しく話さなくなっていました。不安を抱えながらも、僕は知人の紹介で予約の取りにくい高級レストランを押さえ、指輪も用意しました。
ところがクリスマスイブ、A子から突然電話がかかってきました。
「明日の予約、私に譲ってくれない? 友だちと行きたいんだけど」
誰と行くのか尋ねると、A子は「誰とだっていいでしょ。あなたとはいつでも行けるんだし」と答えます。
「僕はA子と行くために予約したんだから、譲るつもりはないよ」
そう断ると、A子は「はぁ……わかった。明日、会社で話そう」と不機嫌そうに電話を切ったのです。
給湯室で知った彼女の本音
翌日、給湯室の近くを通ると、A子が同僚に話す声が聞こえてきました。
「今、いい感じの人がいるんだよね。彼氏が高級レストランを予約したから、その人と行こうと思ったのに、彼氏が予約を譲ってくれなくてさぁ」
さらに、A子は笑いながら続けました。
「プロポーズなんてされたら面倒だし、もう別れるつもりなんだよね〜」
胸をえぐられるような思いでしたが、黙って立ち去ることはできません。僕は給湯室へ入り、A子に告げました。
「全部聞いたよ。僕をだまして、その人と店に行くつもりだったんだね。僕たち、もう別れよう」
A子は「え、えっと……」と戸惑っていましたが、僕は「言い訳は聞きたくない」とだけ伝え、その場を離れました。
ひとりで向かったレストランで
クリスマス当日、店に確認すると、予約はひとりでも利用できるとのことでした。迷った末、僕は「せっかく取れた予約なのだから」と思い、レストランへ向かいました。
店の前では、小さな女の子が「パパ、来られないの?」と母親に尋ねています。驚くことに、母親は同じ会社の先輩・B美さんでした。夫の仕事が長引き、娘と2人で食事をすることになったそうです。
僕がひとりで来た理由を軽く話すと、B美さんは電話口の夫に確認したうえで、「よかったら一緒に食べませんか?」と誘ってくれました。店にも相談し、僕は2人の席に加えてもらうことになったのです。
僕の仕事を見てくれていた人
食事中、B美さんと仕事の話になりました。すると、彼女は「あなたの企画、とてもいいですよね。誰に何を伝えたいのか、きちんと考えられていて」と褒めてくれたのです。
飲み会で目立てず、大きな仕事も任されない僕を、見てくれている人がいたと思うと、張り詰めていた気持ちがラクになりました。
さらにB美さんは、実家の話をしてくれました。両親が農家をしていて、野菜や加工品のPRに悩んでいるそうです。
「広告の仕事ができる人がいたら、心強いんですけどね」
B美さんのその言葉が、僕の中に不思議と残りました。
最悪のクリスマスが転機に
後日、B美さんから実家の農家について何度か相談を受けるようになり、やがて正式にPRを手伝ってほしいとお願いされました。そして詳しく話を聞くうちに、僕は自分の力を必要としてくれる場所で働きたいと考えるようになったのです。
しばらく会社の仕事と向き合いながら考えました。けれど、評価のされ方には以前から疑問を感じていたため、悩んだ末に退職を決意。退職後、正式に農家のPRを引き受けました。商品紹介やSNSでの発信を続けると反応が増え、注文も少しずつ伸びていきました。
そんなある日、街中でA子とばったり再会。A子は何事もなかったように僕に近づき、「久しぶり。なんか雰囲気変わったね」と笑いかけてきました。「あの人とは、結局うまくいかなかったんだよね」と、聞いてもいないことまで話し始めます。
「今度、食事でも行かない?」と言われましたが、僕は「行かないよ。もうA子に振り回されたくないから」とキッパリ答え、その場を後にしました。
当時は最悪のクリスマスだと思いました。しかし、ひとりでもレストランへ行ったからこそ、僕の仕事を認めてくれる人と出会えました。これからも、自分の力を必要としてくれる人に誠実に向き合い、目の前の仕事に力を尽くしていきたいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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