記事サムネイル画像

夫「彼女と再婚するから子どもたちをよろしく!」→「ママとは暮らさない」子どもたちが不倫パパを選んだワケは?

わが家は、夫と5人の子どもたちの7人家族です。最近は夫の事業が好調で、安定した生活が送れている半面、夫は家族をないがしろにするようになってしまいました。

毎日のように飲み歩いて帰宅しないことも多く、週1回は家族で食事するという約束すら守りません。

わが家の子ども5人のうち、上の3人は夫の連れ子ですが、結婚するときに養子縁組をして、わが子として大切に育ててきました。

 

中学生の長女は不倫して出て行った元妻に似ているため、夫は「あまり顔を合わせたくない」と言います。あまりに最低な発言に、キツく注意したこともありました。

 

夫は「長女も自分を嫌っている」と思っているようですが、それはデリカシーのない言動を繰り返す夫自身の態度が原因です。その上、家事も育児もすべて私に丸投げ。たまに早く帰ってきても横柄な態度を取るため、長女が不満を抱くのも無理はありません。

 

家族を大切にする姿勢を見せれば子どもたちも心を開くはずなのに、夫にその気はありませんでした。

 

私を見下し、好き勝手する夫

結婚後、夫は「家事・育児は嫁の仕事だ」と言い、私が専業主婦になることを希望していました。しかし、私は断りました。

 

夫の事業が安定したのはごく最近のことで、数年前までは私の稼ぎなしでは生活できなかったのです。子どもたちの教育費を貯めるためにも、仕事を辞めるわけにはいきませんでした。

 

それに、夫は大ざっぱな性格のため、いつ事業が傾くかわかりません。心配して口を出すと、夫は「お前ごときが経営者の俺に意見するな!」「俺に捨てられたら終わりなんだから、捨てられない努力をしろ」と激怒し、見下してきます。

 

私が言い返すのをやめると、夫の暴走は日に日にエスカレートしていきました。

 

ついには、夫が幼なじみの女性のために部屋を借りたことが判明。問いただすと「お前には関係ない! 部外者が口を出すな!」と逆ギレされ、それ以降、長女の高校受験の話すらも「どうでもいい」と一蹴されました。

 

そして夫は「仕事が忙しいから帰らない。生活させてやっているんだから文句は言わせない」と言い残して、家に帰らなくなりました。きっと幼なじみの女性のために借りた部屋とやらに入り浸っているのでしょう。

 

数カ月後、調査会社に依頼して夫がその幼なじみと不倫している証拠を押さえた私は、決着をつける覚悟を決めました。

 

捨てられないための努力とは…?

話し合い当日、言い逃れできないと悟った夫はあっさりと不倫を認めました。

 

「彼女と暮らすから子どもたちはよろしく〜」「俺に捨てられないための努力をしなかったお前が悪い!」と開き直る夫。

 

しかし、私はすでに子どもたちと話し合いを終えていました。子どもたちが出した結論は、「夫(父親)と一緒に暮らす」という意外なものでした。

 

これを聞いた夫は動揺し、「彼女にいきなり5人もの子どもの世話をさせるのはかわいそうだし無理だ」と言い出します。私が「私は血がつながらない子も含めてちゃんと育ててきた」と言い返すと、夫は口ごもりました。

 

私も子どもたちと離れたくはありませんでしたが、長女は15歳、一番下も10歳。子どもたちの意思を尊重することにしました。

 

長女から「ママとは暮らさない。お金があるほうが安心だから……ごめんね」と言われたときはショックでしたが、確かに収入が多い父親と暮らすほうが不自由はないのかもしれません。悲しみを堪え、子どもの決断を受け入れました。

 

その後、夫は不倫相手を説得して子どもたちを引き取りましたが、わずか1カ月でギブアップ。結局、夫から「何でも言うことを聞くから引き取ってくれ」と懇願され、子どもたちは全員私のもとへ戻ることになりました。

 

宿題も見てもらえず放置され、大人が朝起きてこないため上の子が下の子の世話をして遅刻し、食事もカップ麺や菓子パンばかりという劣悪な環境に子どもたちの不満が爆発。反発して手がつけられなくなった子どもたちに耐えかね、不倫相手は早々に家を出て行ったのだそうです。

 

愛する子どもたちのやさしさで成敗!

その後、十分な慰謝料や養育費の取り決めをし、今後むやみに子どもへ近づかないことも含め、弁護士同席のもと調停を経て正式に合意しました。

 

離婚後、すぐに元夫の事業は傾き、「事業が頓挫して路頭に迷ったらどうするんだ、お金を返してくれ」と泣きついてきました。しかし、かつて私を「部外者」と切り捨てた元夫の言葉通り、私には関係のないことです。相手にせず断り続けました。

 

元夫は「仕事に一生懸命だった。ないがしろにしてすまなかった」と言い訳しましたが、頑張っていたのは仕事ではなく女遊び。何人もの女性と不倫していたことを、私は知っていたのです。

 

夫と結婚して、良いこともありました。子どもたちが戻ってきた日、長女が涙ながらに教えてくれました。


「戻ってきちゃってごめんね。ママにもう我慢してほしくなかったの。ママを解放してあげたくて、みんなでパパについていくことにしたんだよ」

 

子どもたちは全員同じ思いで、あえて父親を選んで私を自由にしてくれようとしていたのです。長女の言葉に、私は涙があふれて止まりませんでした。

 

私には、このやさしくて強い子どもたちがいれば他に何もいりません。これからは6人で、笑顔あふれる温かい家庭を築いていきます。

 

◇ ◇ ◇

 

たとえ血がつながっていなくても、注いだ愛情はしっかりと子どもたちの心に届き、育っていたのですね。子どもは大人が思っている以上に親の姿をよく観察し、言葉にできない苦労や我慢している気持ちまで汲み取っているもの。

 

子どもをひとりの人間として尊重し、日々の感謝や大切な思いをきちんと言葉や行動で伝え続けること——その積み重ねこそが、どんな困難も乗り越えられる強い家族の絆をつくる一番のカギなのかもしれませんね。

 

【取材時期:2026年7月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ベビーカレンダー記事制作の取り組み
\ この記事にいいね!しよう /
シェアする

  • コメントがありません

この記事の著者
著者プロファイル

ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

読者からの体験談をお届けします。

同じ著者の連載

新着記事が配信されたら、メールやプッシュ通知でお知らせ!

気になる記事をまとめ読み

人気連載

新着連載

連載完結

もっと見る

注目記事を探す

人気記事ランキング

アクセスランキング
コメントランキング

お得な無料キャンペーン

エンタメの新着記事

PICKUP