義実家は、義祖父の代から地元で会社を経営しており、夫はその跡取りとして育てられてきました。そのため、義両親は世間体や学歴を非常に重んじており、特に義母はその傾向が強い人でした。
高卒で母子家庭育ちの私は、義母にとって「自慢の息子にふさわしくない嫁」だったのです。結婚のあいさつに行った日から不満を隠そうともせず、あからさまに見下すような態度をとられていました。
エスカレートする義母の嫌がらせ
結婚後、義母は「ふさわしい嫁になるための教育」と称して、私を自分が通うお茶や着付けの教室に無理やり同行させるようになりました。そこで義母は、私の生い立ちや学歴を面白おかしく周囲に吹聴していたのです。周りの方々からも冷ややかな視線を向けられ、私はいつも針のむしろでした。
さらに義母の嫌がらせはエスカレートし、夫の仕事関係の集まりや、親戚が集まる席などに勝手に取引先のお嬢さんを呼び、「あの子のほうが息子の妻にふさわしい。あなたとは離婚して、あの子と結婚しなさい」と迫るようになったのです。夫は毎回きっぱりと断っていましたが、義母の行動は止まりませんでした。
義母からの嫌がらせに、私の心身は限界を迎えていました。ある日、義実家に呼び出されて嫌みを言われていたとき、私は突然過呼吸を起こし、義母の目の前で倒れてしまったのです。
幸い、すぐに落ち着きましたが、義母は心配するどころか「大げさね」と冷たく言い放つだけでした。
夫からの思いがけない提案
どんどん追い詰められていく私を見て、夫はある日、真剣な顔で提案してきました。
「一度、離婚しよう。そして、あいつらと縁を切って2人でやり直そう」
どれだけいびられても夫と別れる気はなかった私は驚きましたが、夫には考えがありました。実家の会社を辞めるには引き継ぎが必要で、すぐに義両親と縁を切ることはできません。このままでは、その間も義母の攻撃が私に続いてしまいます。そこで、いったん義母の望み通り離婚したと思わせて油断させ、その隙に夫は退職と引っ越しの準備を進める。そして準備が整ったら義両親との連絡を断ち、私の母が住む遠方で2人で再スタートを切る、という計画でした。
夫自身も、私が倒れても心配する様子を見せない義母の態度や、これまでの義両親の言動にうんざりし、跡取りとしてのレールを降りる覚悟を決めたのです。夫の決意を聞き、私はその計画に同意することにしました。
離婚から数週間後、彼が実家の会社を辞めるための引き継ぎや、私と2人での新生活の準備を進めていたころ、元義母からメッセージが入りました。
「息子はこれから良家のお嬢さんとお見合いなの」
「あなたと離婚させてよかった♡」
彼がその見合いに参加しないことを知っていた私は、こう返信をしました。
「あなたの思い通りになる息子は……」
「そんな彼はもう、いませんけど?」
意味がわかっていない元義母に、私は、「彼は会社を辞め、あなたたちとは距離を置いて生きていくと決めています」と告げました。彼は、退職までの間、私を元義母の執拗な攻撃から遠ざけるため、あえて一度、義母の望みをかなえたように見せることを選んだのです。
私たちの新しい人生
ほどなくして彼は実家の会社を退職し、彼の両親にも「二度と連絡してこないでくれ」と告げました。ひとり息子として大切に育てられ、期待を一身に受けてきた彼でしたが、結婚後の両親の私に対する常軌を逸した仕打ちを見て、完全に愛想を尽かしたのです。家業も親の期待もすべてを手放し、改めて私と共に生きる道を選んでくれたときは、本当にうれしくて涙が出ました。
元義母は、慌てて手のひらを返して何度も彼に電話をかけてきたようですが、後の祭りでした。私たちはすぐに連絡先を変え、引っ越しをして、彼の両親とは音信不通になりました。
知人から聞いた話では、彼が急に辞めたことで彼の実家の会社は業務が回らなくなり、経営がかなり傾いているそうです。さらに、元義母の浪費癖もあって、彼の両親の暮らしも苦しくなっていると聞きました。
一方、私たちは穏やかな日々を送っています。彼は新しい職場で働き始めました。頃合いを見て、私たちはもう一度婚姻届を出す予定です。今は無理をせず、2人のペースでゆっくりと新しい人生を歩んでいきたいと思います。
◇ ◇ ◇
家柄や学歴だけで人を判断し、嫌がらせをして息子夫婦を引き裂こうとした義母は、結果的に大切な息子を失うことになりました。たとえ親子であっても、結婚相手を見下したり、人生を思い通りに支配したりしていいはずはありません。家族から理不尽な干渉を受けたときは、パートナーと気持ちを確かめ合い、必要であれば距離を置くなど、自分たちの心と暮らしを守るための選択をしたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※一部にAI生成画像を使用しています。