信じがたい裏切りと冷酷な言葉
しかし、そんな穏やかな生活は突然終わりを告げます。
ある時期から、妻の帰りが不自然に遅くなることが増えました。「月末で残業が続いている」と言うものの、以前は必ずあったメッセージの返信もなくなり、家では常にスマホを裏返して置くようになったのです。
以前、妻に頼まれてスマホの設定を手伝った際、暗証番号を教えてもらったことがありました。まさかと思いながらその番号を入力すると、幸いにもまだ変更されていませんでした。
そこには、目を疑うような親密なやり取りと、週末にホテルへ行く約束を交わすメッセージが並んでいました。
頭の中が真っ白になり、手が震えましたが、何よりも私を絶望させたのは、そのやり取りの相手が、私の直属の上司である課長だったことです。
風呂上がりの妻を問い詰めると、彼女は悪びれる様子もなく、冷たい視線を私に向けました。
「バレちゃったなら仕方ないわね。だって、あなたといても退屈なんだもの。課長の方がずっと甲斐性があるし、将来有望でしょ? あなたの安月給じゃ、思い描いているマイホームなんて夢のまた夢じゃない」
その言葉は、私たちが共に築き上げてきた3年間を根底から否定するものでした。悲しみよりも先に、強い怒りと拭いきれない屈辱感が押し寄せてきたのを今でも覚えています。
居場所のない社内と、予期せぬ転機
私はすぐに実家へ戻り、両親に事の顛末を打ち明けました。両親は私の決断を支持してくれ、弁護士を通じて離婚と二人に向けた慰謝料請求の手続きを進めることにしました。
しかし、本当の地獄は会社で待っていました。
慰謝料の請求通知が届いた腹いせなのか、上司は私に対する態度を急変させました。業務連絡を回さない、会議で私の意見を頭ごなしに否定するなど、明らかな嫌がらせが始まったのです。さらに、社内の飲み会の席などで「あいつは家庭を顧みず、妻に逃げられた可哀想な奴だ」と、事実をねじ曲げた噂を吹聴していました。
私は、家庭の問題を職場に持ち込んで余計な噂を立てられたくないという思いから、不倫について会社には報告していませんでした。相手は直属の上司。下手に訴えれば、口のうまい彼に話をすり替えられ、かえって自分が悪者にされるのではないかという不安もあったのです。
しかし、業務にまで支障が出るようになり、さすがにこのままではいけないと思った私は、信頼できる人事担当者にだけ事情を打ち明け、相談していました。
もはやこの会社に私の居場所はない。転職を考え始めていた矢先のことです。役員会議室に呼び出されました。そこにいたのは、社内でも厳格で知られる専務でした。
「君の家庭の事情や、今の部署での状況は聞いている」
専務は静かにそう切り出した後、思いもよらない言葉を続けました。
「実は今度、海外に新しい支社を創るんだ。まっさらな状態からの立ち上げになる。そこへ行ってこい」
一瞬、体のいい左遷を言い渡されたのだと思いました。しかし専務は、私の目を真っ直ぐに見据えて言いました。
「君がこれまで、誰よりも地道に顧客と向き合い、誠実に仕事をしてきたことを私は知っている。あの課長に君を潰されるのは会社の損失だ。この特命プロジェクト、君の力を見込んで頼みたい」
誰も見ていないと思っていた私の努力を、専務はしっかりと見てくれていました。胸の奥が熱くなり、私は深く頭を下げて「わかりました」と力強く返事をしました。
逆転する立場と崩れゆく嘘
それからの3年間は、まさに無我夢中の日々でした。言葉の壁や文化の違い、ゼロからの営業活動に何度も挫けそうになりましたが、あの給湯室で聞いた二人の嘲笑を思い出すたびに、「絶対に結果を出してやる」と奮い立つことができました。
現地スタッフと泥臭く働き、少しずつ信頼を勝ち取った結果、海外支社は予想をはるかに上回る利益を出し、会社の屋台骨を支える重要な拠点へと成長したのです。
一方で、本社の状況は大きく変わっていました。
自己中心的な仕事の進め方をしていた元上司は、取引先の不興を買って大きな契約を次々と逃し、部門の業績を著しく悪化させていたのです。さらに、彼と元妻の不倫関係は社内の別ルートからも露見し、周囲からの信用は完全に失墜していました。
そして迎えた、帰国の日。
私は海外事業成功の立役者として、かつての上司よりも上の役職である本社の営業部長として迎えられることになりました。就任の挨拶のため、全社員が集まる会議室に入った時のことです。
そこには、青ざめた顔で私を見つめる元上司と元妻の姿がありました。彼らは私が僻地で使い潰されたと思っていたのでしょう。
「この度、営業部長を拝命いたしました。皆さんと共に、さらに会社を成長させていきたいと思います」
私が挨拶を終えると、会議室は大きな拍手に包まれました。かつて私を嘲笑っていた二人は、居心地の悪さからか、下を向いたまま一言も発することができませんでした。彼らのちっぽけなプライドが音を立てて崩れ去った瞬間でした。
前を向いて歩き出す新しい人生
その後、元上司はこれまでのずさんな管理と業績悪化の責任を問われ、誰も行きたがらない部署へと異動させられました。かつての威勢は見る影もなく、社内で完全に孤立しているそうです。元妻も、不倫の事実が社内に知れ渡ったうえ、元夫である私が部長として戻ってきたことで居づらくなったのか、ほどなくして退職しました。
その後、不倫の事実は元上司の妻にも知られることとなり、元妻はそちらからも慰謝料を請求されたそうです。風の噂では、慰謝料などの金銭問題をめぐって互いに責任を押しつけ合うようになり、二人の不倫関係も破綻。今では泥沼の争いを続けていると聞きました。
私自身は今、新しい部署で信頼できる部下たちに囲まれ、充実した日々を送っています。海外生活の中で出会った素晴らしい仲間たちとの繋がりは私の財産となり、最近では、私の過去をすべて受け入れてくれる素敵なパートナーとも巡り会うことができました。
あの時、絶望の中で投げやりにならず、誠実に目の前の仕事に向き合って本当に良かったと心から思っています。
◇ ◇ ◇
人を傷つけ、見下すような振る舞いは、巡り巡って必ず自分自身の首を絞めることになります。一時的に優位に立ったように見えても、誠実さを欠いた関係や仕事の仕方は決して長続きしません。
どんなに辛い状況に立たされても、自分を見失わずに地道な努力を続けることで、見てくれている人は必ずいるもの。他人の心無い言葉に振り回されず、自分自身の信念を大切にして、真っ直ぐに前を向いて歩んでいきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。