帰省中の夫「今から宴会の手伝いに来て」臨月の妻に長距離移動を要求→拒否した翌朝、義母から電話が!?

私は夫と幼稚園に通う娘の3人で暮らしています。結婚前の夫は頼りがいがあり、私は「男気のある人だな」と思っていました。ところが、結婚して一緒に生活するようになると、その印象は少しずつ変わっていったのです……。
家ではごろごろしていることが多く、家事や育児にもほとんど関わろうとしない夫。「家事や育児は妻がやるもの」という考えが強かったようで、娘が泣いていてもあやそうとはせず、「うるさいなあ、早く泣き止ませてよ」と言うだけでした。
そんな態度が積み重なるうちに、私は夫への尊敬や信頼を少しずつ失っていきました。
さらに、休日になると夫は会社の同僚を急に自宅へ招き、飲み会を開くことも。そのたびに食事やおつまみを用意し、散らかった部屋を片付けるのは私。幼い娘がいるにもかかわらず、遅い時間まで笑い声が響くこともありました。
後片付けをしながら、私は何度も「この人、本当に父親の自覚があるのかな……」と思ったものです。それでも当時の私は、娘のためにもなるべく家庭を穏やかに保ちたいと思い、不満を飲み込んでいました。
臨月の妻を宴会の手伝いに呼びつける夫
そんな生活が続いていたころ、私は第2子を妊娠。ある日、夫から「長期連休は一緒にうちの実家へ帰ろうよ。母さんも楽しみにしてるし」と言われました。
義両親との関係は良好だったため、普段の私なら喜んで帰省していたと思います。しかし、そのころには私は臨月を迎える予定でした。
義実家までは車で3時間かかります。出産予定日も近かったため、健診の際には医師から遠出を控えるよう言われていました。
そこで私は、「そのころには臨月だし、今年は娘と一緒に家で過ごすね」と夫に伝えました。夫もそのときは「分かった」と納得し、1人で義実家へ帰省していきました。
夫が帰省して数日後の夜、私は万が一に備えて来てくれていた両親と、自宅で夕食を食べていました。すると、夫から突然電話がかかってきたのです。
「母さん1人じゃ準備に時間がかかるから、今からこっちに来て、宴会の準備してよ!」
私は一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。
話を聞くと、夫は地元の友人たちを義実家に招き、飲み会を開いていたようです。人数が多く、義母だけでは料理や片付けが大変だったのでしょう。それでも夫は自分で手伝うのではなく、私を呼んで手伝わせようと考えたようです。
しかし、私は臨月。しかも義実家までは数時間かかります。これまで積み重なっていた不満もあり、そのひと言で私の中の何かが切れてしまいました。
「なんで? 私、今臨月だよ。無理だよ……。いつ陣痛が始まってもおかしくないの、分かってる?」
夫は黙りましたが、私は続けました。
「そんな私に、数時間かけて宴会の手伝いに来いって言ってるんだよね? 私やおなかの子のこと、少しでも考えた?」
言葉にしているうちに、これまで我慢してきたことまで一気にあふれてきました。
「もう限界。家事も育児もずっと私任せだったよね」
「これから子どもがもう1人増えるのに、このままのあなたと一緒にやっていけるとは思えない。本気で離婚も考えるから」
そう告げ、私は電話を切りました。
義両親に叱られた夫
翌朝、今度は義母から電話がありました。
「本当にごめんなさい。あの子があなたにそんなことを言ったなんて知らなかったの」
「臨月のあなたを何時間も移動させたうえに、宴会を手伝わせようとするなんて、とんでもないことだってきつく叱っておいたからね。またそんなことをしたら、いつでも私に言ってちょうだい」
義母も義父も、私を呼ぶよう夫に言ったわけではなかったそうです。夫が勝手に「私なら手伝ってくれるだろう」と考え、電話してきたのでした。
夫は義父からも「家族の体調より自分の飲み会を優先するようでは、夫としても父親としても無責任だ」と厳しく注意されたそうです。さらに義両親は、夫がこれまで家事や育児をほとんど私任せにしていたことも知り、かなり厳しく叱ったと聞きました。
夫はそこで初めて、自分の言動がどれほど無神経だったのかに気付いたようでした。
その日の昼ごろ、夫から何度か電話がありましたが、私は夫と話す気持ちになれず、出ませんでした。
夕方、義実家での滞在予定を切り上げて帰宅した夫は、私の顔を見るなり頭を下げました。
「本当に悪かった。自分がどれだけ自分勝手だったのか分かった」
「これからは家事も育児もやる。離婚したくない。もう一度だけ考えてほしい」
しかし、私はすぐに許すことはできませんでした。
「言葉じゃなくて、行動で見せてほしい」
「私はこれまで家事も育児もほとんど1人でやってきた。もうすぐ子どもが増えるのに、あなたが変わらないなら一緒にはいられない。離婚を考え直せるかどうかは、これからの行動を見て決めるから」
夫は黙ってうなずき、何度も謝りました。
第2子の誕生と、夫の変化
その後、私は無事に第2子を出産。夫も出産に立ち会い、生まれたばかりのわが子を見ながら涙を流していました。
退院後、夫は以前の言葉どおり、少しずつ家事や育児をするように。最初は洗濯物の干し方1つにも戸惑っていましたし、娘の送り迎えでも忘れ物をするなど、慣れない様子でした。
それでも途中で私に丸投げすることはなく、「今まで任せっぱなしだったんだから、ちゃんとできるようになるまでやるよ」と言って根気よく続けていました。
しばらくしたある日のこと、私が出先から帰ってくると、娘がうれしそうに私のところへ走ってきました。
「ママ! パパがごはん作ってるよ!」
キッチンを見ると、慣れない手つきで夕食を作っている夫の姿が……。決して手際がいいとは言えませんでしたが、その姿を見たとき、私の中に残っていたわだかまりが少しだけ薄れた気がしました。
夫が本当に変わったと感じられるようになるまでには、時間がかかりました。それでも、仕事から帰ったあとに赤ちゃんのおむつを替えたり、ミルクをあげたり、娘に絵本を読んだりと、夫は「自分も親なのだ」という意識を少しずつ行動で示してくれるようになったのです。
◇ ◇ ◇
以前の夫の態度をなかったことにはできません。ただ、あの一件をきっかけに自分の身勝手さに気付き、家族との向き合い方を変えようとしてくれたことは、私にとって大きな変化でした。
私自身も、我慢し続けるのではなく、嫌なことや苦しいことはきちんと言葉にする必要があると実感しました。これからも夫婦で話し合い、家事も育児もどちら一方に押し付けることなく、家族4人で助け合っていけたらと思っています。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、臨月の妻を義実家での宴会準備に呼びつけた夫が登場します。女性は限界を迎え、夫に本音をぶつけるのでした。
続く2つ目のエピソードでは、出産予定日を目前に控えた妻を置いて、海外へ行ってしまった夫が登場します。1人で出産を乗り越えた女性は、夫からの連絡にきっぱりと答えて……。
夫「1カ月留守にしてごめん」臨月の私を残して現実逃避→「もう大丈夫!」きっぱりさよならを告げた結果

私はフルタイムで働きながら、フリーランスで絵の仕事をしている夫を支えてきました。夫はなかなか収入が安定しませんでしたが、ある個展を機に少しずつ仕事の依頼が増え始めていました。
そんな矢先、私の妊娠が判明しました。妊娠に気付くのが遅れ、出産まであと半年というタイミングでの報告に、夫は戸惑いを隠せない様子でした。
「まだ父親になる実感がない」とこぼす夫には、私が産休に入った後の家計への不安もあったようです。私は「将来のために貯金もしてたから当面は大丈夫」と励ましました。
夫の仕事も軌道に乗りかけていたので、このまま夫婦で協力して乗り越えていけると信じていたのですが……。
夫の異変と身勝手な言い分
妊娠報告から数カ月が経ち、いよいよ産休に入る目前。夫の様子が徐々におかしくなっていきました。プレッシャーからか仕事のスランプに陥り、「インスピレーションを探す」と言っては外出を繰り返し、生活費から捻出したお小遣いを数日で使い果たしては追加を要求するようになったのです。
私のおなかが大きくなるにつれて、夫は私と目を合わせなくなり、家でも避けるような態度をとるようになりました。私たちには頼れる親族がいないため、夫婦2人で出産を乗り越える必要があるのに、立ち会い出産についても濁すばかり。
たまりかねて理由を問いただすと、夫は信じられない言葉を口にしました。「大きくなったおなかを見ると、父親になる重圧で息が詰まりそうになる。今は制作のストレスもあって神経が過敏になっているから、少し距離を置きたい」と言うのです。
仕事柄、繊細な部分があるのは理解していましたが、おなかの子と私を遠ざけるような発言に、私は強い不安を覚えました。
臨月での逃亡と裏切り
そして出産予定日を数日後に控えたある日、大事件が起きました。いつものようにふらっと外出していた夫から突然「作品作りと心の整理のために海外へ行く」とメッセージが届いたのです。私がそのメッセージに気付いたとき、夫はすでに空港にいました。しかも、将来のためにと夫婦で貯めていた口座から、まとまったお金を引き出していたのです。
「もうすぐ出産だから行かないで」と電話で懇願しましたが、夫は「俺がいても役に立たないし、今はプレッシャーに耐えられない。心の整理がついたら帰るから、しばらく放っておいてくれ」と一方的に告げて旅立ってしまいました。
結局、私は1人で陣痛に耐え、無事に出産しました。その間、夫からは一切の連絡なし……。
しかし後日、共通の友人からの連絡で、夫が海外で作品作りをするどころか、リゾート地で遊び歩き、その様子を友人に自慢げに報告していたことが発覚したのです。私が命がけで出産に向き合っていたときに、夫はただ現実から逃げて豪遊していただけでした。
母としての決断と新たな人生
産後1カ月が経ったころ、夫から何事もなかったかのようにメッセージが届きました。
「出産お疲れさま」
「1カ月留守にしてごめん」
「今から会いに行く」
しかし、1人で痛みや不安を乗り越え、懸命に子育てをしてきた私にとって、夫の帰りはもう何の意味も持ちませんでした。
「もう大丈夫! 来なくていいよ」
「もう、あなたを父親として信頼することはできないから」
私は、そう返信しました。出産前は不安で「こんな夫でもそばにいてほしい」とすがっていましたが、いざ1人で子どもを抱いたとき、私の中で何かが大きく変わったのです。このまま夫と一緒にいても、精神的にも金銭的にも私たち親子の足かせになるだけだと冷静に悟りました。
その後、私は夫に離婚の意思を伝え、子どもと一緒に家を出て、新たな生活を始めました。夫は泣いて謝罪し、持ち出したお金もどうにか工面して全額返してきましたが、私の気持ちが戻ることはありませんでした。
粘り強く話し合いを続け、無事に離婚が成立。守るべき存在ができたことで、私は驚くほど強くなれました。今は子どもとの穏やかな日々に、心から幸せを感じています。
◇ ◇ ◇
妊娠・出産という人生の大きな変化において、不安やプレッシャーを感じることは誰にでも起こり得ます。しかし、だからといって向き合うことから逃げ出し、一番支えが必要な時期に妻を置き去りにするような行為は、決して許されるものではありません。不安な気持ちは夫婦で共有し、どうすれば2人で乗り越えられるかを妊娠中からとことん話し合う関係性を築いていきたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、「臨月でも大丈夫でしょ?」と妻を軽く見た夫たちに、女性たちが返した答えをご紹介しました。
臨月の妻を義実家での宴会準備に呼びつけたり、出産予定日を目前に控えた妻を置いて海外へ行ってしまったり。どちらの夫も、妻の心身に大きな負担がかかりやすい時期であることを軽く見て、自分の都合を優先していました。
妊娠中や出産前後は、体だけでなく心にも大きな負担がかかる時期です。「大丈夫だろう」と決めつけず、相手の状態や不安に目を向けることが、家族として支え合う第一歩になるのではないでしょうか。