妻が引っ越しを拒否
単身赴任を始めて半年ほどたったころ、私は妻に「いつになったらこっちに来てくれるんだ? 正直、ひとりで暮らすのは寂しいよ」と言いました。
転勤が決まった当初、妻は「落ち着いたら私も行くから」と話していました。ところが妻から返ってきたのは、「その話、もうなしでいいでしょ。やっぱり田舎暮らしは無理」という言葉でした。妻は両親や友人が近くに住んでいることや、今のマンションを気に入っていることを理由に、生活を変えたくないと言います。
私としては、夫婦なのだからできるだけ一緒に暮らしたいという気持ちがありました。そこで、せめて定期的に会えないかと提案しましたが、月に一度会うことにも妻は乗り気ではありません。
妻にも妻の生活がある。そう自分に言い聞かせながらも、「夫婦で過ごす時間は後回しなのだろうか」と、少しずつ寂しさが募っていきました。
それでも無理に引っ越してもらうことはできません。私は妻の希望を受け入れ、単身赴任を続けることにしました。
義両親への援助を打ち切ることに
それから約1カ月後、妻から義両親への援助について話を持ちかけられました。
「今渡してる分じゃ足りないみたい。あと10万円くらい出せない?」
実は、私は義両親に生活費を援助していました。義父が勤めていた会社を退職し、再就職先を探しているところだったため、夫婦で話し合った結果、ひとまず半年間という約束で援助をおこなっていたのです。しかし半年たっても、義父の再就職先は決まっていないと妻から聞きました。
一方で、以前から妻が、「お父さん、また競馬で負けたみたい」「お母さんも今日パチンコに行ってたんだって」と何げなく話すことがありました。生活費が足りないと聞いて援助している一方で、そうした娯楽にもお金を使っていることが気になっていたのです。
そこで私は、「最初に半年間だけって話したよね。今月で半年たつよ。だから、もう援助は終わりにしたい」と伝えました。すると妻は不満そうに、「自分の両親を大事にしてくれない夫なんて嫌だよ」と言いました。しかし私は、納得できないままお金を出し続けるのは難しいと感じ、義両親への援助は打ち切ることにしました。
義両親への援助を打ち切ってから2カ月ほどたったころ、結婚記念日が近づいてきました。せめて久しぶりに顔を合わせたいと思った私は、妻を驚かせようと、前日に自宅へ帰ることにしたのです。
結婚記念日前に帰宅すると自宅に義両親が
最寄り駅に着いた私は、妻に「サプライズで帰ってきた。今、最寄り駅に着いたよ」とメッセージを送りました。すると、珍しく妻からはすぐに返信がありました。
「今すぐ帰って! 今日は会えないから!」
あまりの勢いに、私は戸惑いました。理由を聞いても「今は言えないけど、今日はとにかく家には来ないで」の一点張りです。何かがおかしい。そう感じた私は、妻の言葉には従わず、そのまま自宅へ向かいました。
玄関を開けると、まず目に入ったのは見覚えのない靴でした。さらに室内を見ると、義両親の服や日用品が置かれています。以前は私の荷物や趣味の物を置いていた部屋には、布団や義両親の荷物まで運び込まれていました。
私は妻に尋ねました。
「これ、どういうこと?」
妻はしばらく黙った後、義両親を自宅に住まわせていることを認めました。理由を聞くと、「援助をやめるって言うから、お父さんたちも家賃を払わなくて済むように、こっちに来てもらったの」と言うのです。
さらに妻は、「私もひとりより安心だし、お母さんが家事を手伝ってくれるから、お互い助かると思ったの。あなたが帰ってくるのはまだ2年以上先なんだから、そのときのことはそのときに考えればいいと思ったのよ」と続けました。
妻にとっては、先のことより、義両親の家賃を減らせて自分も家事を手伝ってもらえるという、目の前の都合のほうが重要だったのでしょう。
しかし、そこはもともと私たち夫婦が暮らしていた家です。それを私にひと言も相談せず、勝手に決められていたことが何よりショックでした。
そして、もう1つ気になることがありました。結婚前から集めていたゲーム機やソフトが、置いてあった部屋からすべてなくなっていたのです。聞くと、妻は気まずそうに答えました。
「親の荷物を置く場所が必要だったから、いらなそうな物は処分した」
私は思わず、「俺に一度も聞かずに?」と聞き返しました。妻は、「だって、しばらく使わないでしょ?」と言うだけでした。その瞬間、私の中で何かが切れました。
「何でも許す」と思われていた私が下した決断
単身赴任先へなかなか来てくれなかったことや、定期的に会おうとするたびに断られたこと、それに加えて、今回の一件で私は我慢の限界を迎えました。私はその場で妻に、離婚を考えていることを伝えました。すると妻は急に慌て始めました。
「親を勝手に住ませたことは謝るから」
「ゲームも買い戻せるものは買い戻す」
さらに、「だったら、これからは私もそっちに引っ越すから」と言いだしたのです。半年間、何度頼んでも引っ越しを拒んでいた妻です。私は、「今さら一緒に住むと言われても、もう信用できない」と伝えました。すると妻は、「今まであなたが何も言わなかったから、今回も大丈夫だと思ってた」と口にしました。
私は、その言葉を聞いてかえって決心が固まりました。これまで私は、妻の希望を尊重しようとしてきました。しかし、私が不満を口にせず受け入れてきたことで、妻には「今回も許してもらえる」と受け取られていたのかもしれません。
「もう都合よく扱われるつもりはない」
私はそう伝えました。
離婚について妻との話し合いだけではまとまらなかったため、その後は離婚調停を利用して話を進めることにしました。話し合いの末、義両親は自宅を離れることになり、妻とはそのまま別居を続けました。
妻との関係を振り返ると、問題が大きくなったきっかけは、義両親との同居や私物の処分だけではなかったように思います。小さな違和感を感じても、「これくらいなら」と私が受け流してきたことで、お互いの考え方のずれを確認する機会を失っていたのかもしれません。
結果的に夫婦として別々の道を考えることになりましたが、今回の経験から、我慢して波風を立てないことと、相手を尊重することは同じではないのだと感じました。
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夫婦で暮らしてきた家は、たとえ一方が長期間留守にしていても、どちらかだけの判断で自由に扱える場所ではないでしょう。今回の出来事では、義両親との同居そのものよりも、相談のないまま生活環境や持ち物まで変えられていたことが、夫婦の信頼を大きく揺るがす結果になりました。小さな認識のずれをそのままにしていると、気付かないうちに相手との距離が広がってしまうこともあるのだと感じさせられるエピソードです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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