高嶺の花だった幼なじみとの再会
私は地元の農園で野菜を育てています。子どものころから植物が大好きで、育てている野菜に名前を付けてしまうほど。周囲からは少し変わった子だと思われていました。
そんな私と対照的だったのが、幼なじみのサヤカです。
学生時代から成績優秀で、高校の入学式では新入生代表を務めるほど。実家は地元の温泉街で一番大きなホテルを経営しており、現在は海外で事業をしている両親からホテル経営を引き継ぎ、サヤカがオーナーを務めています。
小学生のころ、私は朝顔の観察に夢中になって学校に遅刻し、みんなに笑われたことがありました。そんな私にサヤカだけは、
「それで? 昨日より何個増えてたの?」
と聞いてくれました。
私にとって、昔から特別な存在でした。
ただ、大人になるにつれて、ホテルを経営するサヤカと農家の自分では住む世界が違うと思うようになりました。それでも彼女のホテルと取引することになり、私はホテルのために特別栽培の野菜を育てていました。
そんなある日、同級生たちとの同窓会が開かれました。
そこにはサヤカも参加していました。結婚の話題になった際、私は深く考えず「今は仕事が恋人なんじゃない?」などと言ってしまったのですが、なぜかサヤカは不機嫌そうな様子。
さらに帰り道、大学時代の同級生だったリンカと偶然再会しました。
リンカは以前、有名レストランでシェフをしていた女性です。その日は酔っていて、久しぶりに会った私に勢いよく抱きついてきました。
するとサヤカから、
「もしかして……元カノ?」
と聞かれました。
私は「仲の良い友だちだよ」と答えましたが、このときの私は、なぜサヤカがそんなことを気にするのかまったくわかっていませんでした。
試食用の野菜を勝手に廃棄扱いに
数日後、サヤカから「試食用の野菜を持ってきてほしい。それと、少し話したいことがある」と連絡が来ました。
その日は通常の納品日ではありませんでしたが、サヤカから試食用として少量の野菜を直接注文されていました。私は彼女に喜んでもらえるかもしれないと思い、野菜を持ってホテルへ向かいました。
ところが厨房の搬入口にいたのは、サヤカではなく料理長でした。
その料理長は東京の有名ホテルから来た人物で、以前から地元の人間を見下すようなところがありました。
私が野菜の箱を見せると、料理長は、
「今日の納品はないはずだぞ!」
と声を荒らげました。
私がサヤカから直接注文を受けて持ってきたものだと説明しようとしても、料理長は聞く耳を持ってくれません。
「お前みたいな弱小農家の野菜はいらん! 帰れ!」
そう言うと、料理長は箱に「廃棄」と書かれた札を付け、乱暴に脇へ押しやりました。
さらに、私の家が昔とても貧しく、ほかの農家の畑を手伝いながら生活していたことまで持ち出し、「何が特別栽培だ」と笑ったのです。
たしかに、私の家には苦しい時期がありました。
祖父が大きな借金を抱え、家族は返済のため懸命に働いていました。一方、父は大学で農業を学んだ経験があり、周囲の農家にも自分の知識を惜しみなく伝え、地域の収穫量向上にも貢献していたそうです。
私はそんな父に憧れ、同じ大学へ進学しました。家の畑の一部は借金返済のために手放しましたが、現在はほかの農家と契約して栽培方法の相談に乗りながら、よりおいしい野菜を作る研究を続けています。
ホテルに納めていた特別栽培の野菜も、その積み重ねから生まれたものでした。
だからこそ、ろくに中身も確かめず廃棄扱いにされたことはショックでした。
すると突然、背後から声がしました。
「何を勝手なことを言っているの……?」
振り返ると、そこに立っていたのはサヤカでした。
激怒したオーナーに料理長が絶句
サヤカは料理長に、
「その野菜は、試食用として私が彼に直接注文したものよ」
と言いました。
さらに「廃棄」と書かれた台から、無傷だったトマトを取り出してきれいに洗いました。
料理長は小ぶりな野菜を見てまだ不満そうでしたが、サヤカは「料理人なのに、味ではなく見た目で判断するの?」と指摘。
料理長がトマトを口にすると、その表情が変わりました。
「こんなに味が濃いトマト、食べたことがない」
私は認めてもらえたことにホッとしました。しかしサヤカは納得しませんでした。
食材をろくに確かめず廃棄扱いにしたことや、相手の境遇だけで価値を決めつけたことを厳しく注意したのです。
結局、その日は料理長の件で慌ただしくなり、サヤカが何を話したかったのか聞けないままでした。
その後、ほかの調理スタッフからも料理長の横暴な振る舞いが次々と明らかになりました。私だけが嫌な思いをしていたわけではなかったようです。
その後、料理長は退職を申し出て、ホテルを去りました。
しかし今度は、新しい問題が発生しました。
翌月には私の野菜を使ったフェアを予定していたのに、料理長がいなくなってしまったのです。
そこで私が思い出したのがリンカでした。
リンカは以前の職場で、「女性だから優遇されている」と陰口を言われることに嫌気が差し、店を辞めていました。
私は彼女をサヤカに紹介しました。
試しに料理を作ってもらうと、その腕前は見事なもので、スタッフたちも絶賛。これまでの経歴なども確認したうえで、リンカを新しい料理長として迎えることになりました。
ただ、その話がまとまった直後、サヤカが突然、
「2人はただの友だちなのよね……?」
と確認してきました。
私とリンカがそうだと答えると、
「じゃあ、私がダイチをデートに誘ってもいいわよね!」
と言ったのです。
まさかサヤカからそんなことを言われるとは思わず、私は驚くばかりでした。
野菜フェアの成功後、恋にも変化が
その後、私の野菜を使ったフェアは無事に開催され、お客さまからも好評だったと聞きました。
そしてサヤカとのデート当日。
普段は作業着ばかりの私も、リンカに服を選んでもらい、少しだけおしゃれをして待ち合わせ場所へ向かいました。
サヤカも新しいワンピースを着て、美容院へ行ってきたそうです。
2人で訪れたのは、子どものころにも一緒に行ったプラネタリウムでした。
小学生だったころ、暗くなるのを不安がっていたサヤカと手をつないだことがあります。その思い出を話していると、サヤカから「今日も手をつなぎたい」と言われました。
約20年ぶりにつないだ手に、私は緊張してしまいました。
しかしその日は、お互いに気持ちをはっきり伝えないまま終了。
後日、リンカとサヤカが私について話しているところへ、偶然私が現れました。
そこで私は、サヤカが自分のことを「大好き」と言っているのを聞いてしまったのです。
驚きましたが、私にも同じ気持ちがありました。
「昨日の夜から、どうやってサヤカを次のデートに誘えばいいかばっかり考えるんだ」
そう伝えたことをきっかけに、私たちは幼なじみから恋人同士になりました。
今ではサヤカが以前より頻繁に畑へ遊びに来てくれます。
次はどんな野菜を作るか、それをホテルでどんな料理にするか。リンカも交えながら、そんな未来の話をする時間が増えました。
まとめ
家の過去や農園の規模だけを見て、自分が丹精込めて育てた野菜まで否定されたことは悔しい経験でした。一方で、長年の努力を見てくれている人がいることにも気付きました。肩書きや先入観だけで判断せず、その人が何を積み重ねてきたのかを見ることを、私自身も大切にしたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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