そんな夫には、もうひとつ困った癖がありました。子どものころから家族ぐるみで付き合いがあるという、幼なじみの女性と私を比べることです。
あるときは、旅行の話に私が乗り気でない反応を見せると、夫は不満そうな顔をしました。そして「幼なじみなら大喜びしてくれる」「女は愛嬌が大事だ。少しは見習え」と続けるのです。
最初は、冗談のつもりなのだろうと思っていました。けれど、嫌だと何度伝えても比較は止まりません。私は少しずつ自分に自信が持てなくなっていきました。
思えば、夫が私に愛していると言うのは、決まって謝るときだけでした。祖母の形見の手鏡を夫が割ってしまった日も、そのひと言で話をうやむやにされたのを覚えています。
積もっていく違和感
それから2年後、夫は仕事が忙しいからと、年2回の恒例となっていた海外旅行を突然取りやめました。かかってきた電話をわざわざベランダで取るようになり、自慢の時計も見かけなくなっていた気がします。
ただ、わが家は財布が別。それに会社のことに口出しするなと言われていた私には、何が起きているのかわかりませんでした。
そして気がかりなことがもうひとつ。義母との関係です。結婚当初はそれなりに接してくれていたのに、いつからか、お正月に私の分だけお茶が出てこなかったり、話しかけても夫のほうを向いて返事をされたりと、私だけが避けられているように感じていました。
夫に相談しても、年のせいで耳が遠くなっただけだ、避けられていると思うのは考えすぎだと取り合ってくれません。それどころか、「お義父さんを超えるまでは仕事が最優先なんだ。家のことでいちいち煩わせるな」と、話を打ち切られてしまいます。
違和感が少しずつ積もっていく中、義実家で親戚を集めた食事会が開かれることになりました。
台所で義母が……
実は食事会の数日前、妊娠がわかったばかりでした。もうすぐ夫の誕生日だったので、その日にサプライズで伝えようと、まだ誰にも話していなかったのです。
食事会の当日、手伝いをしようと台所へ向かいました。のれんの隙間から見えたのは、シンクをまわりを拭いた布巾を絞り、その水を器に垂らす義母の姿。その器は、親戚が集まるたび私だけにあてがわれる、柄の違う汁物椀でした。
見間違いであってほしいと思いました。けれど、たしかに見てしまったのです。雑菌だらけの水が入った料理を口にすれば、何が起きるかわかりません。ましてや私は妊娠中……。席に戻っても、料理にはひと口も手をつけられませんでした。
その場にいることも耐えられず、私は隙を見て席を立ち、こっそり実家の父に電話をかけました。事情を話すと「今すぐうちに帰ってきなさい」と父。
私は誰にも気づかれないよう、そっと玄関を出ました。
もう黙ってはいられない
駅に着いたところで、夫からメッセージが届きました。「勝手に帰るなよ。親戚の前で恥をかかせる気か!」その文面から、苛立っている様子がわかります。
私が台所で見たことを伝えると、夫の返信は急に歯切れが悪くなりました。見間違いではないのか、被害妄想ではないか、と言い張り、「そんなことがあったなら、その場で俺に言えばよかっただろ! なんで勝手に帰るんだよ!」と逆ギレしてきたのです。
私はこれまで何度も、義母とうまくやれないと悩み、相談してきました。そのたびに、こんなふうに片づけられてきたのです。
「これまで何度も相談したよね。そのたびに『気のせいだ』って言ったのはあなたでしょう」
そう送ると、夫からの返信は止まりました。私は最後に「お父さんを超えることより、まず自分の家族を守ってほしかった」とだけ送り、スマホをしまいました。
実家に着いて数時間後、今度は義母からLINEが届きました。どうやら私とやりとりをしたあと、夫が義母を問いただしたようです。
『魔が差した』という謝罪の言葉とともに、本当は昔から幼なじみの彼女にお嫁に来てほしかったこと、愛想のない私をよく思っていなかったことが書かれていました。
そして、幼なじみの彼女が離婚したと聞いて「この嫁さえいなければ」という思いが募り、気づかれないところで憂さを晴らしたくなってしまった、と……。
妊娠していることを知らなかったとはいえ、あまりに身勝手な理由でした。しかし、それ以上問いただす気力は残っていなかったのです。
夫の本音と、父の答え
その後、すぐに夫から電話がかかってきます。私は一緒にいた父にも話を聞いてもらおうと、スピーカーにして応じました。
夫は、母も反省しているから許してほしいと言いました。布巾の絞り汁が口に入ったとしても、せいぜいおなかを壊すくらいだろう、と。
その言葉を聞いて、私は妊娠していることを告げました。こんな形で伝えることになるとは、思ってもいませんでしたが……。
夫は取り乱したように謝り、私のほうがずっと大事だ、愛していると繰り返しました。けれど、あまりに必死な様子に、かえって違和感を覚えました。
旅行の中止、見かけなくなった時計、ベランダでの電話——。それまでの様子を思い返し、「もしかして、会社の経営がうまくいっていないの?」と尋ねました。
長い沈黙のあと、夫は会社が倒産寸前で、従業員の給料も十分に払えていないことを打ち明けました。そして、私の父に資金の相談をするつもりだったと言ったのです。
さらに私が義母のLINEにあった幼なじみのことを問いただすと、夫は言いにくそうに話しました。義母は幼なじみの離婚を知ってから、夫にも「嫁と別れてあの子と一緒になればいい」と話していたそうです。夫は「もちろん俺はそんなこと思っていないけどね……」と取り繕いましたが……。
そこで、黙って聞いていた父が、静かに口を開きました。「娘を守ろうともしなかった人に、援助はできない」
夫は言葉を失ったようでした。
さらに私は「離婚してください。もう、あなたのために頑張れる気がしません」と続けます。幼なじみと比べられるのが嫌だと何度も伝えてきたこと。それでもやめてもらえなかったこと——。私は、離婚を考えた理由は義母だけではないと伝えたのでした。
その後
数日後の妊婦健診で、赤ちゃんは順調に育っていると言われ、張りつめていたものがようやくほどけました。ショックな出来事が続いていたので、おなかの赤ちゃんのことがずっと気がかりだったのです。
離婚は弁護士さんに相談しながら話し合いを重ね、養育費についても取り決めをしました。面会は、子どもの成長や気持ちを見ながら、改めて相談していくことになっています。
元義実家の親戚の方から聞いた話では、元夫の会社は倒産したそうです。今は義母と暮らしているのだとか……。それ以上のことは知りませんし、関わるつもりもありません。
その後、私は実家で娘を出産しました。娘は私の両親にたっぷりかわいがられ、元気いっぱいに育っています。娘には何の罪もありません。これからも、この子が安心してのびのびと過ごせるよう、穏やかな毎日を守っていきたいと思っています
◇ ◇ ◇
パートナーの気持ちに寄り添わず、身勝手な振る舞いを続けた結果、大切な家族を失うことになってしまった今回のケース。何より、どんな事情があっても、ふきんの絞り水を料理に入れるような不衛生で危険な嫌がらせは、決して許されるものではありません。
使ったあとのふきんには、雑菌が繁殖していることがあり、口に入れば食中毒を起こす恐れも……。特に妊娠中は免疫の働きが変化しているため、普段より注意が必要だと言われています。
嘔吐や下痢で脱水を起こすと、体に大きな負担がかかります。さらに、胎盤を通じて赤ちゃんに感染し、流産や早産などにつながるおそれがある菌もあるのです。
妊娠中の心や体は、本人が思う以上にデリケートなものです。だからこそ、いちばん近くにいる家族が守る側に立つことが欠かせません。身の回りの異変や不安にいち早く気づき、向き合うことが、母子にとって何よりの支えになるはずです。
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。