嫁いびり義母を放置する夫「お前と母さんの問題だろ?」→家庭崩壊の危機を救ったのは!?

夫と結婚する際、条件として出されたのが義母との同居でした。夫は早くに父親を亡くしており、「母親を支えるのは自分の役目だ」と考えていたようです。私は同居に難色を示しましたが、夫から何度も頼まれ、最終的には受け入れることに。
その代わり、夫とは「義母との間で何かあったときには、見て見ぬふりをせず間に入ってほしい」と約束していました。義母の家で暮らすため、家賃の負担はなく、私は生活費を入れ、土日の家事を担当することに。平日の家事は義母が引き受けてくれるという話でした。
ところが、同居生活が始まってみると、想像していた以上に気を使う毎日が待っていたのです……。
義母との同居を後悔する日々
同居が始まって間もなく、義母は私が作った料理に細かく文句をつけたり、近所のお嫁さんと比べたりするようになりました。最初のうちは、「一緒に暮らしていれば多少の不満は出るものだ」と自分に言い聞かせていました。しかし、そのうち義母は、近所の人たちにも私への不満を話すようになっていったのです。
いつの間にか、近所では「家事を全部お義母さんに任せている」「家賃も払わず、そのうえ生活費もほとんど出していない」といった話まで広まっていたようです。以前は普通にあいさつを返してくれていた人から、よそよそしい態度を取られることも増えていきました。
もちろん、実際には土日の家事は私が担当していましたし、夫婦で決めた生活費も毎月きちんと入れていました。それでも義母は、私が渡している金額では「感謝されているようには感じられない」と不満だったようです。
やがて、「もらっている生活費の分しか家事はしない」と言い出し、私の洗濯物だけ残されていたり、私の分だけ夕食が用意されていなかったりするようになりました。さすがに耐えられなくなった私は、夫に相談。しかし、結婚前に「何かあれば間に入る」と言っていた夫は、あいまいな返事をするばかり。
このままでは何も変わらないと思い、私は夫ときちんと話し合うことにしました。
夫のひと言で限界に
私の話を聞いても「母さんが嫁いびりをしているとは思えない」と言う夫。さらに、家事についても「母さんだって全部やる義務はないだろ」と義母をかばうばかり。もちろん、義母に家事をしてもらうことを当然だと思っていたわけではありません。
私が問題にしていたのは、結婚前に決めた分担を義母が一方的に変えたことや、近所の人に事実とは違う話をされていたこと。それを説明しても、夫は面倒そうな顔をするだけ……。
「結婚前の約束と違うよ。せめて一緒に考えてほしい」と伝えると、夫はついに声を荒らげました。
「もううるさいな! 母さんとお前の問題だろ。俺を巻き込むなよ!」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが切れました。夫が自分だけ問題から逃げようとしていたことが、義母との関係以上にショックでした。
最低限の荷物をまとめ、その日のうちに実家へ戻った私。それまで両親には心配をかけたくなくて、義母との同居生活について詳しく話していませんでした。しかし、もうひとりで抱え込むことはできません。事情を聞いた両親は驚き、「まずは今後について話し合う必要がある。彼をうちに連れてきなさい」と言いました。
そして後日、夫にも実家へ来てもらうことになったのです。やって来た夫は、かなり緊張していましたが、父はあえて普段通りに接していました。食事をしながら世間話をしているうちに、夫も少し安心したようでした。ところが、父が同居生活について話を切り出すと、夫の表情が一変。
「結婚するときに約束したことと、今の状況が違っているんじゃないか?」と父から指摘されると、夫は次第に口数が少なくなりました。そして父が席を外したタイミングで、私に小声で訴えてきたのです。
「お義父さんたちに責められてるみたいでつらい。お前から何とか言ってくれよ」
その言葉を聞いて、私は以前夫から言われたことをそっくりそのまま返しました。
「それはあなたと父の問題なんじゃない? 自分を巻き込まないでって、あなたも私に言ったよね」
夫は何も言い返せないようでした。
夫の改心
父が席に戻り、改めて話をすることに。私はそこで、これまで胸の中にしまっていた気持ちを夫に伝えました。
「お義母さんと同居すること自体が嫌なんじゃない。でも、あなたが何もしてくれないままこの生活が続くなら、離婚も考える」
夫は、私がそこまで追い詰められているとは思っていなかったようでした。私は、何があっても義母より私を優先してほしいわけではありませんでした。義母と私の意見が食い違ったとき、どちらか一方の言い分だけを聞くのではなく、夫にも家族の一員として話し合いに参加してほしかったのです。
夫はしばらく黙ったあと、「自分が間に入るのを面倒がって逃げていた」と認め、謝罪してくれました。これですぐに夫婦関係が元通りになったわけではありません。それでも夫が今後の同居について義母と話し合うことを約束したため、私はいったん自宅へ戻り、2人で生活のルールを見直すことにしたのです。
家事の分担や生活費についても、誰か1人の負担や不満が大きくならないよう決め直しました。そして、夫から義母に「近所の人に家庭内のことを一方的に話すのはやめてほしい」と伝えてもらいました。
何度か話し合ううちに、義母は意外な本音を口にしました。外で仕事をしている私を見て、うらやましく感じていたというのです。義母自身、若いころに義両親との同居で苦労した経験があり、「自分も我慢してきたのだから」という気持ちがどこかにあったそう。
私は義母に、「自分がされてつらかったことを、次の世代にまで繰り返さなくてもいいと思います」と伝えました。義母もすぐに気持ちを切り替えられたわけではなさそうでしたが、それまでの言動について謝ってくれました。
同居を続けられた理由
それから、義母と私は、お互いに不満をため込まず、その都度話すようにしました。夫も以前のように「2人の問題だから」と逃げることはなくなり、必要なときには話し合いに加わってくれるように。
義母との間にも適度な距離ができ、以前のように私だけ洗濯物を残されたり、食事を用意してもらえなかったりすることはなくなりました。平日の家事についても、最初の約束をそのまま押しつけるのではなく、義母の予定や体調を考えながら3人で分担するように。義母が訂正してくれたらしく、ご近所さんと私の関係も良好になっています。
もともと義母の料理はとてもおいしく、関係が落ち着いてからは、一緒に食卓を囲む時間を素直に楽しめるようになりました。あれほど「同居しなければよかった」と思っていた私でしたが、今では以前ほど同居を苦痛には感じていません。
しばらくして、子どもを授かった私たち夫婦。義母は「無理のない範囲で手伝うからね」と言ってくれています。一度壊れかけた関係だったからこそ、今度はお互いの善意を当たり前だと思わず、無理をさせないようにしたいと思っています。
同居生活では、嫁と姑だけの問題として片づけられないこともあります。私の場合、何よりつらかったのは、間にいる夫が問題から逃げてしまったことでした。家族だからこそ、「どちらの味方をするか」ではなく、それぞれの話を聞きながら一緒に解決しようとする姿勢が大切なのだと、この経験を通して強く感じています。
◇ ◇ ◇
義両親との同居では、生活習慣や価値観の違いから思わぬすれ違いが生じることもあります。夫婦のどちらかだけに負担を抱えさせず、家事や生活費、困ったときの対応などを事前に話し合い、必要に応じて見直していくことが大切ですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
問題から逃げていた夫でしたが、妻の両親に詰め寄られてようやく目を覚まし、義母との関係を再構築することになりました。関係修復につながって本当に良かったですね。
しかし、世の中には問題から完全に逃げ、都合よく戻ってくる夫も存在します。続いてご紹介するのは、妊娠中の妻にトラブルのすべてを押しつけて失踪した元夫のお話です。10年の時を経て「やり直したい」と現れた元夫。しかし妻には……?
失踪した元夫が10年ぶりに現れ「俺の娘なのに似てない」私「血つながってないから」真実を告げた結果

私が妊娠8カ月のとき、元夫はわが家の貯金のほとんどを持ち出し、テーブルに離婚届を置いて突然姿を消しました。残されたのは、元夫宛ての複数の消費者金融からの督促状と、元夫の不倫相手の夫からの慰謝料請求の通知でした。
身重の私は途方に暮れましたが、義両親の助けも借りながら一つずつ対応。その後、無事に長女を出産しました。やがて義両親を通じて元夫と連絡を取ることができ、弁護士を介して離婚条件について話し合い、長女の養育費についても取り決めたうえで、離婚を成立させました。
ところが、元夫はそれ以降再び音信不通に。約束した養育費も一度たりとも支払われませんでした。
それから10年余り。私は再婚し、夫と長女、再婚相手との間に生まれた次女の4人で穏やかに暮らしていました。
そんなある日、突然元夫からSNSを通じてメッセージが届いたのです。「この前、お前が女の子と歩いているのを見かけた。あの子、俺の娘だろ。会いたい。家族3人でやり直したい」と。今さらどの面下げてと怒りが湧きましたが、同時に、これまで一度も支払われていない養育費のことが頭をよぎりました。
未払いの養育費を回収したくて
元夫はメッセージで「当時は友人の借金の保証人になってしまい、迷惑をかけないために身を隠していた」などと見え透いたうそを並べてきました。
私は不倫や消費者金融のトラブルについて問い詰めることはせず、「養育費の未払い分を少しでも払ってくれるなら、一度だけ会う」と条件を出しました。
休日のショッピングモール――。
私は今の夫と長女、次女に少し離れた場所で待っていてもらい、元夫と落ち合いました。しかし、現れた元夫は手ぶらでした。「まずは娘が俺に懐くか見させてほしい。これから一緒に暮らせば払えるし」と、身勝手な復縁と同居を迫ってきます。
「絶対に無理」と断っても、元夫はすがってくるばかりで、話がまったく通じません。そのとき、夫と近くの店を見ながら待っていた7歳の次女が、私を見つけて「ねえ、ママー!」と駆け寄ってきました。
そして、元夫は次女を見るなり、「あっ、この前の子……!」と目を見開きました。どうやら、以前私と歩いていた次女を、自分の娘である長女だと思い込んで連絡してきたようです。
次女を実の娘だと勘違いした元夫
「やっと会えたなー」としゃがみ込み、馴れ馴れしく次女に手を伸ばす元夫。しかし、見知らぬ男性に驚いた次女が怯えて私の後ろに隠れると、元夫は不満げに舌打ちをして言いました。
「なんだよ、全然懐かないな。それに、俺の娘なのに顔も俺に似てないし全然かわいくない」
わが子に向かって言い放たれたその言葉に、私は冷たく言い返しました。
「当たり前でしょ。だって、この子とあなたは血がつながっていないんだから」
元夫は一瞬ポカンとし、やがて「血がつながってないだと? お前、俺に隠れて不倫してたのか!」と周囲の目を気にする様子もなく騒ぎ出しました。
しかし元夫が出て行ったのは約10年前。当時おなかにいた子はもう小学4年生の10歳です。3歳違えば、幼さも身長も明らかに異なります。想像力のなさと、自分の子どもに対する無関心さに、私はあきれ果てました。
「私は再婚したの。この子は7歳。今の夫との子。長女はもう10歳よ。あなたが子どもの成長すら想像できないような人だとわかって、心底安心したわ」
元夫が復縁を迫ってきたワケ
私がそう告げると、少し離れて様子を見ていた今の夫と10歳の長女が静かに歩み寄ってきました。今の夫と本当の長女を目の前にして、元夫は気まずそうに顔を引きつらせました。
私は事前に元夫の両親にも事情を伝え、会う日時と場所を知らせていました。元夫の両親も、少し離れた場所で待っていたのです。離婚成立後、約10年にわたって音信不通だった息子の身勝手な姿を目の当たりにした元夫の両親は激怒し、元夫をその場で問い詰めました。両親に問い詰められた元夫は、やがて、またギャンブルで借金を作り、私にお金を無心しようとしていたことを白状しました。
結局、元夫は両親に厳しく叱責され、実家が営む地方の小さな工場で働きながら生活を立て直すことになりました。給料は、必要な生活費を除き、自身の借金返済と長女への養育費の支払いに充てると約束しました。その後、弁護士を通じて、養育費の支払い方法について改めて書面で取り決めました。
身勝手な理由で家族を捨て、再び都合よくすり寄ってきた元夫。彼の身勝手さを許すことは一生ありませんが、養育費をきちんと支払わせる道筋をつけ、区切りをつけられたことで、私の心は晴れやかです。これからも、私を支えてくれる今の家族との日常を大切に守っていきたいと思います。
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身重の妻に借金や不倫トラブルへの対応を残して失踪し、10年後にお金目当てで戻ってきた元夫。わが子の年齢すら想像せず、心ない言葉を投げかける姿からは、親としての責任も愛情も感じられませんね。離婚して離れて暮らすことになっても、子どもを扶養する責務がなくなるわけではありません。養育費の未払いなどの問題が起きたときは、周囲や専門機関の力も借りながら、自分と子どもの生活を守るために毅然と対応したいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
家族に問題が起きたとき、自分にとって都合が悪いからと責任を放棄してしまえば、そのしわ寄せは身近な人に向かってしまいます。今回の2つの体験談では、妻がひとりで問題を抱え込まず、家族や専門家の力を借りたことで状況を動かすことができました。夫婦や家族だからといって、どちらか一方だけが我慢したり、すべてを背負ったりする必要はありません。自分だけでは解決が難しいと感じたときは、無理に抱え込まず、信頼できる人に相談しながら自分や家族を守る方法を考えたいですね。