兄ばかりを溺愛する両親
父は小さな工務店を経営し、兄を何よりも自慢にしていました。兄が仕事を手伝えば、「さすが俺の息子だ!」と大喜び。母も兄の好物ばかり食卓に並べ、誕生日には高価なプレゼントを贈っていました。
一方、口数の少ない僕が学校でいい成績を取っても「それくらい当たり前」と言われて……。僕の誕生日には「もう大きいんだから」と何もありませんでした。何をしても「お兄ちゃんを見習えないの?」と言われ、次第に自分に自信が持てなくなりました。
そんな僕の支えは、小学校6年生のときの担任。「□□くん(僕)は人の話をじっくり聞けるね」と褒めてくれた先生に憧れ、僕も教師を目指しました。
ところが高校3年生のとき、大学進学を相談すると、父は激怒。「兄はもう立派に働いているのに、お前は大学で遊ぶつもりか!」と言われました。
教師になりたいと訴えても、母も「お兄ちゃんは親孝行なのに、あんたは自分のことばかり」とため息をついていて……。父から「そんな役立たずに学費は出さない。出ていけ!」と怒鳴られ、行き場を失いました。
そんな僕に救いの手を差し伸べてくれたのは叔母。「あなたの夢を応援するよ」という言葉に、涙が出ました。
夢をかなえ、学童保育施設を開業
叔母の家から大学に通い、奨学金とアルバイトも活用して卒業。念願の小学校教員になりました。数年間働く中、保護者から放課後の預け先が足りないという悩みを聞き、民間の学童保育施設を開こうと決意。
教員としての経験を生かしながら、必要な手続きや研修を経て、開業しました。苦労しながらも利用者が増え、数年後には2施設目を開くことに。実家を出て十数年、3施設目を計画していたころ、僕の仕事が地元の情報誌に載ったのです。
都合よく頼る両親
ある日、記事を見た父から電話がきました。兄と営む工務店の経営が苦しく、3施設目の内装工事を任せてほしいと言われて……後日、両親と兄が事務所に押し掛けてきました。
父と兄は「お前を育てた恩も忘れたのか?」と言い、母も「お兄ちゃんが困っているのよ。家族で助け合わないと」と言っていました。
僕が「もう別の会社と契約してるから」と断ると、強気だった父は「頼むよ…悪かったから」と次第に半泣き状態に。
そんな父に、僕は「兄さんには何でもしてあげてたのに、僕が教師になりたいと言ったら、追い出したよね。その役立たずに、今は仕事を頼みにきたんだ」と静かに返しました。
僕の言葉を聞いた家族は何も言えなくなったようで……静かに帰っていきました。
僕を認めてくれた叔母や仲間たちのおかげで、今の僕があります。これからも、自分の選んだ道を大切にしたいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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