現在妊娠・出産・子育てをする多くのママたちが直面している「孤育て(孤独な子育て)」。ベビーカレンダーでは、新型コロナウイルス流行により人と関わることができず、各家庭だけで子どもと向き合う子育てを強いられ、閉塞感や孤独感を抱えながら子育てをしている、今の子育ての実態を特集でご紹介します。
もう妻は帰ってこないのでは…不安で押しつぶされそうなパパ
「『妻はもう二度と帰ってこないのではないか?』という不安で押しつぶされそうでした」と緊迫した当時を振り返るのは山寺愛美さん(35・仮名)の夫、大輔さん(35・仮名)。
愛美さんは2020年に念願の2人目を出産。家族4人での暮らしが始まることにワクワクしていた。しかしその1週間後、授乳中に自宅のソファで倒れ、救急搬送された。
予兆はなかった。いつもと変わらない夜8時、3歳の息子と夫がゴミ捨てから帰ってきたら事態は急変していた。愛美さんが口から血を出して痙攣を起こし、ソファに倒れていた。
「気が動転していました。すぐに救急車を呼んで、妻に必死で呼び掛けました」
救急車を待つ間にも生後1週間の娘は泣き続けていた。すぐにミルクを作り、まだ3歳だった息子に哺乳瓶を預けた。非常事態を察知したのか、「パパの言う通りミルクをあげてくれた」という。
救急車を追って病院へ。普段は自分で支度ができないイヤイヤ期の3歳児。この時は自分で靴を履き替え、お気に入りのパンダのぬいぐるみとトミカの救急車を持って玄関に立っていた。
診断は脳梗塞、子どもたちに会えない17日間の入院
愛美さんは意識がないまま3日経った。診断は「脳梗塞」だった。
「目を覚ました時、自分がどこにいるのかさえ分かりませんでした。ただ夫が泣きそうな表情で『何でここにいるかわかる? 倒れたんだよ』って」
後遺症はなく、目覚めてから2日後には自分で歩いてトイレに行けるようになり、食事も摂れるまでに回復した。
とはいえ、退院までは17日間を要した。コロナの影響で夫との面会は荷物の受け渡し時の2、3分のみ。新生児と3歳児のわが子には会えないし何もできない。そんな状況がもどかしく、情けなく、悔しくて涙が流れた。
一方、夫の大輔さんは孤独な育児に追われていた。
1日に8回の授乳、夜中は数時間ごとにミルク、日夜問わずぐずる赤ちゃんの世話。3食手作り、お風呂に入れ、不安定な息子の心を気遣いながら家事全般をこなす……。「大変過ぎてあまり覚えていない」ほどだった。
当初は愛美さんの母の助けを借りたが、有給を使い果たし誰も頼れない状況に。なかでも一番大変だったのは自分自身と長男の精神を安定させることだったという。
「もう自分が不安で押しつぶされそうで。3歳の長男も精神的に不安定でした。倒れて救急車で運ばれたママの姿が最後だったからか、毎晩のように泣きながら寝ていました」
新生児を預かってくれる施設がない!
妻の面会に行くにも、子どもたちを連れて行くことは叶わず、新生児を預かってくれる施設探しに奔走したが、見つからなかった。
「生後間もない子どもを預かってくれる施設はどこにもありませんでした。区役所にも何度か相談に行きましたが、『今の段階で利用できるサービスはありません』とはっきり言われてしまいました」
出産した病院で、新生児の娘を特別に預かってもらえることになり、なんとか退院までの日々を乗り越えた。
「それが無ければどうなっていただろうと今でも思います」(大輔さん)
愛美さんが退院して帰ると、家が入院前よりきれいになっていた。毎日おかずも何種類か作ってくれていたことを知った。子どものお世話だけでも大変だっただろうに……。夫の頼もしさを知り、胸が熱くなった。
脳梗塞ではなく脳腫瘍!?再び入院、手術へ
退院したのも束の間、その後の検査で脳梗塞ではなく脳腫瘍だと判明した。しかも悪性のものだろうと診断された。
「初めて聞いた時、まず確認したのは余命でした。私は子どもたちが大人になるのを見られないの……と全身が冷たくなったのを覚えています」
息子と2人の時間を過ごしたい
脳腫瘍の摘出手術が必要となり、夫の長期休暇に合わせて手術日を決めた。次は12日間の入院だった。最も心配だったのは、上の子の心のケアと夫の負担だった。
またママと2週間近くも離れる。小さな心の大きな不安が、手に取るように伝わってきた。できるだけ2人で過ごす時間を作った。入院前日には水族館へ行き、記念にぬいぐるみも買った。帰って来るまでのカレンダーを作ってスタンプも用意した。
入院中はビデオ通話をし、毎日プチギフトを夫に託した。病院から手紙と折り紙も送った。ママだって同じくらいさみしかった。1秒でも早く帰って抱きしめたい。寄り添って寝たい。そう思うと涙が溢れた。
「退院前日の夜、息子は電話の向こうで大泣きしていました。『明日帰るよ』と伝えてもまったく落ち着かなくて……よほど不安な気持ちを我慢してたんだと思うと切なくなりました」
手術前、パパに渡した手づくりノート
夫の負担も心配だった。手術が決まってからは、入院に向けてノートを作った。赤ちゃんの1日のスケジュール、離乳食のレシピ、洗濯の仕分け、家族のおかずの簡単レシピ、ストックの場所など、分かりやすく一つひとつ書いた。夫ができるだけ孤独に陥らないよう、メッセージも添えて渡した。
手術は不安だったが、医師からは後遺症があまりないことや、あったとしても半年以内には治ると言われ、落ち着いて心の準備ができた。
夫からは「家のことは任せて。自分のことだけ考えれば大丈夫。絶対うまくいく」と声を掛けられ、頼もしさが増したような気がした。
子育ては「してるつもりだった」というパパの気付き
無事手術は成功した。今はすっかり元気になり、笑顔で毎日を過ごす。夫の大輔さんは、今回の出来事を通して子育てに対する意識が変わったという。
「今までも子育てに協力してきたつもりでしたが、いざ自分一人で子育てすると想像以上の大変さでした。改めて自分は『子育てしてきたつもり』で、妻に甘えていた部分が大きかったのだなと思いました。それでもやらざるを得ない状況に追い込まれ、子育てスキルはかなり上がったと思います」
既に仕事にも復帰した愛美さん。保育園がコロナの影響で休園となり、家族と過ごす時間をかみしめているという。
「近くの公園くらいしか行けない日々ですが、なかなか家族で過ごす時間が取れなかったので楽しんでいます。私が今、普通に生活できていることが奇跡に思えます。家族っていいですね」
「孤育て」を経験したパパはママへの感謝に気付き、手術を経験したママは、パパの頼もしさに気付いた。そして2人ともが家族の尊さを知った。
「家族みんなが元気で笑えればそれでいい」
心の底からそう思える日々を過ごしている。
取材/大楽眞衣子