美奈子は4人家族で、夫の正信(まさのぶ)と保育園に通う2人の子どもと暮らしています。看護師のパートをしながら、家事や育児に奮闘する美奈子。介護士で夜勤の多い正信にはなかなか頼れず大変ですが、それでも幸せな毎日でした。上の階の住人が引っ越してくるまでは……。
大変だけれど幸せな生活
美奈子たちのマンションの上階に引っ越してきたのは、とてもやさしそうなご夫婦でした。以前住んでいたアパートでは騒音問題を抱えており、夜も眠れないほどだったので、美奈子たち夫婦は今の安心安全な生活に満足していました。ただすこし家賃が上がったため、美奈子もパートに出ることになってしまいました。
働きに出ることは前向きにとらえていますが、美奈子の毎日は慌ただしく……。「正信が子どもたちとの時間をもっと大切にしてくれたら、子どもも私もうれしいのにな」そう思っていました。
正信は夜勤がきついようで、なかなか家族との時間を作れず、すれ違いの生活が続いています。しかし、美奈子はそんな夫の大変さを理解しているつもりでした。家族のために一生懸命頑張ってくれる姿を見て、自分も頑張ろうとしていたくらいです。
突然落ちてきた影
上階の住人が越してきて、2週間。今日は正信が久しぶりの日勤で、早く帰ってくるようです。
「実はね、困ったことになってて」
美奈子は、言いにくそうに話を切り出します。
「上の部屋が、夜になるとうるさくなるの……」
夜にいないことが多い正信には、気づけなかったことでした。
「多分奥さんのあの声がね、ちょっと聞こえてしまって……」
「それはなんて言うか……。一大事だな」
子どもたちには、上階で何が起こっているのかもちろん想像はついていません。しかし、騒音で眠れない夜を過ごしていることは事実。管理会社にそれとなく伝えても改善されないため、美奈子はとても困っていたのでした。
「じゃあ俺が文句言ってきてやるよ」
と正信。直接苦情を言って、トラブルにならないのだろうかと美奈子は心配します。しかし、働いている老人ホームでもこういった案件に対応していると胸を張る正信に、任せてみることに。
ありえない衝撃の事実
あれから数週間……。いまだに騒音問題は続いていました。ある日、日勤だった正信が急な残業の連絡をすると、「ねぇ、本当にすこしも早く帰れない? 上の階の人のことで話があって」と美奈子。
また自分の出番かと、息巻く正信。
「まだうるさいのか?今日も俺が文句言って来てやるよ!!」
「今上の階の旦那さんと一緒だから大丈夫だよ」
「え?」
美奈子は、上階の旦那さんから全部聞いてしまったのです。夫の正信が、上階の奥さんと毎晩不倫をしていることを……。しらばっくれる正信に証拠写真や音声の存在を明かすと、正信は平謝り。
騒音の原因が、まさか自分の夫の不倫だったとは……。家計のために一生懸命働いてくれていると思っていたのに、夜勤とウソをついて、夫が長期出張のため不在である不倫相手の部屋に入り浸っていたなんて。どうりで、正信が家にいる日には騒音が起きなかったはずです。
よくよく話を聞くと、空いている上階への引っ越しを勧めたのは正信だったようです。着々と不倫をする計画を練られ、その騒音に子どもたちまで迷惑させられて……。美奈子の心は、怒りと悲しみで渦巻きました。調べたところなんと2年以上も家族をだましていたのに、それをいっときの出来心と言う正信。
あれだけ家族をないがしろにしたくせに、「これからは家族のためだけに生きます」と言われても美奈子にはとうてい信じることはできません。しかも、「子ども中心の生活になった美奈子から愛情を感じられなかった、寂しかった」なんて告白まで。正信は誰が悪かったのか、全然わかっていない様子です。
その後、話し合いを行い、美奈子たち夫婦も、上の階の夫婦も離婚に至ったのは言うまでもありません。美奈子は、子どもを連れて実家へ引っ越し、フルタイムで働き始めます。シングルマザーとして頑張っていくことに。決して子どもたちを元夫のような人間には育てないよう、これまで以上に愛して大切にしていこうと決心したのでした。
正信と不倫相手は、お互い頼る人がいたからこその不倫だったようで、離婚後も2人が一緒になることはありませんでした。慰謝料を払うことになった正信は、支払いで生活に苦しみながら、寂しく単身アパートで暮らしているそうですよ。
ぐらついた、見せかけの勝手な愛情には必ず終わりがくることを、まざまざと思い知らされる一件ですね。