夫・守の言葉を信じ、仲の良かった同僚たちが自分の悪口を言っていると思い込んだ沙織は、産休に入ったタイミングで会社を辞めました。しかし、息子・晴人が生まれてからの毎日は、幸せなだけではありませんでした。優しかったはずの守が、「理想の母親であるべきだ」と、細かい家事のルールや自分好みの服を強要することに、沙織は不気味な違和感を覚えていきます。
そんなある日、お隣の大山さんからかけられた言葉が、沙織の心に突き刺さります。
「産後の妻に完璧を求めるのも、ちょっとしたDVになるんじゃないかな」
思わずこれまでの守の言動を振り返った沙織は、「もしかして……」と、夫に対して恐怖を覚えるのでした。
その矢先、元同僚の恵美と偶然再会します。そして、夫から「沙織は産後うつだから」と会うことを止められていたこと、悪口など言っていないと聞かされます。沙織は守が嘘をついていたの……? と、疑惑と混乱の渦に飲み込まれていきます。
真実を知りたい――。その一心で、沙織はその日の夜、勇気を振り絞って守と向き合うことを決意します。「話があるの」――恵美から聞いたすべてを、夫に突き付けるために。
真実はいったい…!?夫に話を切り出すと
守への不信感で、体の芯が冷えていくのを感じた沙織。どうして、守が私に嘘を……? 絡まった思考の中で、沙織は「はっ」と息をのみました。
『これで条件はそろった』
『温かい家庭に憧れてて……』
守が笑顔で語っていた言葉が、まるでパズルのピースがはまるように、ひとつの恐ろしい答えを導き出したのです。
もしかして、私を専業主婦にさせたいから? そのために、会社を辞めるように嘘をついたんじゃ……。
恵美と顔を見合わせても、お互い混乱するばかり。考えがまとまらないまま、「とにかく夕飯のしたくをしなきゃ……」と、2人は解散しました。
その夜、沙織は意を決して守に声をかけました。
「話があるの……」
「悩みならなんでも聞くよ」と言って、守は沙織のためにノンカフェインの紅茶を淹れてくれました。その温かさが、あまりにも身にしみた沙織。私は、こんなにも優しい人を疑っている……。込み上げてくる罪悪感に胸を痛めながらも、沙織は震える唇で言葉を続けました。
すると、同僚の恵美にバッタリ会ったと伝えただけで、「何か言われたのか!?」「大丈夫だった!?」と取り乱す守。沙織は恐る恐る、核心に触れました。守が自分のことを産後うつだと会社で言っていると聞いたこと、恵美も杏奈も、沙織のことを悪く言っていないと言っていたことを伝えます。
ちらっと守の顔を見上げると、血の気が引いた表情で、優しい笑顔はどこにもありません。
「……え?」
彼はただ、こわばった顔で沙織を見つめ返すのでした。
◇ ◇ ◇
愛する人を疑うことは、自分自身を否定するようで苦しいものですよね。ですが、沙織は自分の心に嘘をつかず、勇気を出してその疑問に向き合いました。パートナーへの違和感から目を背けず、正直に話し合うこと。それが、自分らしく生きるための大切な一歩なのかもしれませんね。