夫・守の言葉を信じ、仲の良かった同僚たちが自分の悪口を言っていると思い込んだ沙織は、産休に入ったタイミングで会社を辞めました。しかし、息子・晴人が生まれてからの毎日は、幸せなだけではありませんでした。優しかったはずの守が、「理想の母親であるべきだ」と、細かい家事のルールや自分好みの服を強要することに、沙織は不気味な違和感を覚えていきます。
そんなある日、お隣の大山さんからかけられた言葉が、沙織の心に突き刺さります。
「産後の妻に完璧を求めるのも、ちょっとしたDVになるんじゃないかな」
思わずこれまでの守の言動を振り返った沙織は、「もしかして……」と、夫に対して初めて恐怖を覚えるのでした。
そんなある日、元同僚・恵美との偶然の再会が、沙織の日常を揺るがします。夫から「沙織は産後うつだから」と言われて会うことを止められていたこと、そして悪口など言っていないと聞かされたのです。沙織は守が嘘をついていたの……? と、疑惑と混乱の渦に飲み込まれていきます。
真実を知りたい――。その一心で、沙織はその日の夜、勇気を振り絞って守と向き合いました。恵美から聞いた話を恐る恐る伝えた、そのとき、守は顔をこわ張らせます。そして次に放たれた夫の言葉に、ますます沙織は苦しむことになってしまうのです――。
嘘をついているのはどっちなの!?
「作り話にも程がある!!」「産後うつだなんて、ひと言も言ってないぞ!」守の声にビクッとなる沙織。その言葉に沙織は「そうなの……!?」と反応します。
守は、沙織を退職に追い込んだことを隠蔽するため、同僚の恵美と杏奈がそんな悪質なデタラメを吹き込んだのだと、激しい口調で2人をなじりました。
「沙織は家族になった俺を信じてくれるよな!?」
畳みかけるように迫られ、沙織はかろうじて頷きます。「……うん‥…守を信じるよ……」しかし、その言葉とは裏腹に、頭の中は大混乱をきたしていました。
(もうなにがなんだかわからない――。いったいどっちが嘘をついてるの!?)
出口のない問いが、ぐるぐると頭を巡るばかりでした。それは、大切な人同士の間で板挟みになってどちらも疑うこと――沙織にとってそれはとても苦しく、地獄のようでした。
後日、お隣の大山さんに近所でバッタリ会った沙織。その穏やかな大山さんの顔を見た途端、堪えていた涙が溢れてしまいます。大山さんは優しく話を聞いた後、再就職を勧めました。
「世界を広げると見通しがよくなることもある。旦那さんが味方なら、仕事復帰したいって思いを応援してくれるはず」
その言葉に深く納得した沙織。「考えてみます……!」と答えた彼女の表情には、すでに再就職への固い決意が表れていました。
◇ ◇ ◇
信じていた夫と同僚、いったいどちらが嘘をついているのだろうと、大切な人たちのことを疑い、板挟みになるのは苦しいですよね。けれども、大山さんの「世界を広げてみては」という言葉が、暗闇の中に差し込んだ一筋の光となったようです。
私たちも何かで悩んだとき、行き詰まったときこそ、新しい一歩を踏み出すことが突破口になるのかもしれません。
「目の前のことで悩んだときは世界を広げる」ーーこの言葉を心に刻んでおきたいですね。