その日、私は仕事の合間に立ち寄ったカフェで、学生時代の同級生とばったり再会しました。
「えー! びっくり! あんたがこんなオシャレなカフェにいるなんて、コーヒー吹き出しそうになったわ!」
彼女は、私を見つけるなり大声でそう笑って……?
偶然の再会と、まさかの相談
母子家庭だった私は、確かに学費と生活費のためにバイトに明け暮れる学生時代を過ごしていました。カフェに誘われても「お金がないから」と断ることが多かったのは事実です。
「昔はコンビニの100円コーヒーの常連だったのに、出世したじゃない!」
昔のことを面白おかしく蒸し返され、チクリと胸が痛みます。ひとしきり私をからかって満足したのか、彼女は「そういえば」と話を切り替えました。
「今日、彼氏とランチデートしてたんだ♡ さっき隣にいたのが、私の彼氏! 大手勤務で年収800万! あんたと違って毎日が超幸せ♡」
これ見よがしに自慢した後、彼女は「で、あんたは? さすがに彼氏くらいいるよね?」と、当然いないだろうという意地の悪い笑みを浮かべます。
「えっと、彼氏っていうか……婚約者がいるんだよね」
私がそう答えた瞬間、彼女の笑顔が凍りつきました。
「………は? うそでしょ!? あんたみたいな貧乏人と婚約する男がいるなんて!」
信じられない、と彼女は目を丸くし、「どうせ結婚詐欺とか、無職とかでだまされてるんじゃないの!?」とまで言い出す始末。
あまりの失礼さに言葉を失いましたが、私は「心配ありがとう。でも大丈夫だから」とだけ返し、仕事に戻ると言ってその場を離れました。
 
それから1週間ほど経ったころ――。
SNSに見知らぬアカウントからメッセージが届きました。それは先日友人と一緒にいた男性――つまり、友人の彼氏からでした。
驚いて事情を尋ねると、彼はカフェでの彼女の態度がずっと気になっていた、と。プロポーズを考えていたらしい彼は、彼女の私に対するあまりにひどい態度に強い不安を覚えたそうです。
そこで、友人のSNSのフォローリストや過去の投稿のタグ付けなどから、学生時代の知人と思われる人を何人か探し出し、そのうちの1人に連絡を取ったと。
そして友人と私との関係を尋ねたところ、「真剣に悩んでいるなら、本人に直接聞いたほうがいい」と言われたそう。その知人から私のアカウントを聞いて、彼は直接私に連絡を取ってきたのです。
「突然こんな失礼な連絡をして、本当にすみません。でも、彼女のあんな態度、信じられなくて……」
私は、彼女とは「友だち」と呼べる関係ではないことを正直に伝えました。
「どちらかというと、いじり役といじられ役……って言ったほうがしっくりくる関係性でしたね」
私は、彼女が私の家庭環境を馬鹿にして、ずっと笑いものにしてきた過去をできるだけ淡々と話しました。彼はショックを受けていましたが、「そういえば、電車で赤ちゃんが泣いていたとき、舌打ちしてにらみつけていたっけ……」と思い当たる節があった様子でした。
「話してくれて、ありがとうございます。……ちょっと、プロポーズについては考え直してみようと思います」
彼自身も困惑しているのでしょう。そのメッセージを最後に、私たちはやり取りを終えました。
嫉妬からの略奪と心からのお礼
それから1週間後――。
今度は友人本人から、電話がかかってきました。
「ねぇ!! あんたの婚約者、御曹司って本当なの!?」
私に婚約者がいることを知った彼女は、共通の知人に連絡したそうです。さらに、私のSNSの投稿や交友関係を調べ上げ、ついに私の婚約者を特定したのだとか……。
「なんであんたみたいな貧乏女が、私の彼氏以上のハイスペを捕まえてるのよ!」
たしかに、私の婚約者は地元では有名な飲食店の御曹司です。電話口でわめく彼女の嫉妬心は、もはや隠しようもありません。その場は適当にあしらったものの、彼女の執念深さはそんなものでは終わりませんでした。
2カ月後――。
友人から突然突拍子もないメッセージが届きました。
「ごめんね~? あんたの婚約者、私と結婚することになったから!」
なんと彼女は、私の婚約者のSNSを探し出し、私の友人として近づいて猛アプローチをかけたというのです。「大手勤めよりも、やっぱり御曹司のほうが将来性あるよね!」と、彼女は高笑い。
「彼ね、『君みたいに華があって社交的なら、うちの店の看板娘にもなれそうだ』って言ってくれてるの♡ やっぱり、地味なあんたより私のほうがふさわしいわよね!」
どうやら彼女は、私の婚約者の家業のことも調べ上げ、自分がいかに「使える嫁」かを売り込んだようでした。私が彼の家業の手伝いに疑問を感じ、少し距離を置いていた時期とも重なり、彼はあっさりと彼女に乗り換えてしまったようでした。
「御曹司の妻はワ・タ・シ♡ 貧乏女はおとなしく引き下がりな」
「そう、ありがとう!」
婚約者を奪われたというのに、私の口から出たのはお礼の言葉でした。
「は?」
驚く彼女に私は説明しました。
地獄からの逃亡と幸せな未来
「だって、あのまま結婚してたら……きっと地獄だったと思うから」
彼女は電話口で一瞬、何を言われたのかわからない、というように黙り込みました。そして、「……は? 地獄ってどういうことよ!」とようやく声を絞り出した彼女に、私は事実を告げることにしたのです。
私の婚約者の実家の会社は、実はここ数年ずっと赤字続き。婚約してからというもの、「家族になるんだから」と言われ、私は彼の実家が経営する飲食店でタダ働きさせられていたのです。
「君は母子家庭で苦労してきた分、ほかの女よりタフだろ? ちょっとやそっとじゃ音を上げないだろうし」「金銭感覚が麻痺した女より、よっぽど"使える"よな」
その言葉を聞いて、彼が私を安上がりな労働力として見ていることが嫌でもわかりました。この人となら、幸せになれると思っていたのに……。
そこから、私はどうやって別れを切り出そうか、本気で悩み始めました。彼の家業の手伝いにも疑問を感じていて、体調を理由にしばらく距離を置いていたこともあり、彼はあっさりと友人に乗り換えてしまったのです。
「そんな……タダ働きなんて、無理だから!」
セレブ生活を思い描いていた彼女は、青ざめているようでした。
私の元婚約者は「両親を安心させてやりたいから」「お店を手伝ってもらうにも、まず籍を入れてからじゃないと格好がつかない」などと言葉巧みに友人を丸め込み、婚姻届にサインさせていたそう。そしてその婚姻届は、彼がすでに提出してしまったとのこと。
電話口で絶叫する彼女に、私は「私よりもハイスペと結婚しなきゃ気が済まなかったんでしょう? どうぞ、彼とお幸せに!」とだけ言って、電話を切りました。
その後――。
彼女の地獄は、私の想像以上だったようです。
1カ月も経たないうちに、「朝5時から深夜1時までこき使われてる! 給料もない!」と泣きついてきましたが、私は無視。その2週間後には、元彼に「復縁したい」と泣きついたそうです。私にも「あんたからも彼を説得してよ! 私も御曹司をあんたに返すから!」と言ってきました。
「悪いけど、それは無理かな。……私、今、あなたの元彼と一番親しくさせてもらってるんだよね」「私は婚約破棄で大変だったし、彼もあなたに振られた直後で……最初は傷のなめ合いみたいだったけど、話しているうちに、彼の誠実さややさしさに気づいて。だから、あなたと彼の仲は取り持てません」
「ふざけんな! 私の男を返しなさいよ!」と怒る彼女に、ため息交じりに「返す? 捨てたのはあなたでしょ? しかも、私の婚約者を奪っておいて……よく言うわね」と返し、私は電話を切りました。
ちなみに、彼も「平気で浮気するような人も、人を家庭環境だけで馬鹿にするような人とももう付き合えない」と友人を突き放したそうです。
共通の知人によると、友人は義実家から夜逃げ同然で飛び出したそう。私からハイスぺ婚約者を略奪したと自慢しまくっていたこともあって、義実家の実態を打ち明けても「自業自得」と言われて居場所をなくしているのだとか。
結局、友人は私の元婚約者を「御曹司」という肩書きでしか見ていなかったのです。今振り返れば、私もどこかその肩書きに目をくらまされていたのかもしれません。彼女が略奪してくれなければ、彼女の立場になっていたのは私自身。略奪は決して許されることではありませんが、やはり私は彼女に対して「ありがとう」という気持ちを持ち続けています。
また、友人は今の彼との縁をつないでくれた存在でもあります。人を肩書きだけで判断するのではなく、その人の本質を見て、心から思いやること――それこそが本当の幸せにつながるのだと、今回の出来事を通して、痛感しています。彼と過ごす穏やかな日々のなかで、私はようやく本当の幸せを見つけられた気がします。
【取材時期:2025年8月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
 
   
       
                           
                         
                         
                         
               
               
               
               
               
               
               
                 
                 
                
何よりもつまらないです