高校時代の同級生である彼女から連絡が来たのは、私が結婚して間もないころでした。
「あんた、結婚したんだって? でも……大丈夫なの? あんたみたいに地味で大人しい子が結婚なんて、ちょっと心配になっちゃって」
受話器越しに聞こえるのは、心配を装った優越感。昔から彼女は自分を「主役」、私のようなタイプを「引き立て役」と決めつけていました。
「無理して背伸びしても疲れちゃうだけよ? 自分の『身の丈』に合った生活の方が幸せなんじゃない?」
そう諭すように言って、笑う彼女。しかし、私が夫の勤務先と名前を伝えた瞬間、その声色は一変しました。
「は……? 今なんて言ったの? あんたの夫って……あの営業部でエースとして目立ってる、あの人?」
「え、知ってるの?」と驚いた私に、彼女はまくしたてました。
「知ってるも何も、同じビルで働いてるし、表彰や売上ランキングで名前が社内報にも載る人じゃない! 嘘……なんであんたなんかが……!」
その言葉には、驚愕と隠しきれない嫉妬が滲んでいたのです……。
浅はかな夫の本音
それから半年――。
「……急だけど、離婚してほしいんだ」
夫は視線を泳がせながら、言い訳を並べはじめました。
「最近、家にいても息が詰まるというか……俺も仕事が忙しくて余裕がなくてさ。お互いのために、一度リセットしたほうがいいと思って」
「……リセット?」
「価値観が合わないというか。俺、外に出ることも多いだろ? なのに家に帰ると、なんだか重くて。責めているわけじゃないんだけど」
私が黙っていると、夫は観念したように続けました。
「……正直に言う。半年くらい前から、会社で話すようになった人がいて……。最初はただの息抜きだったんだけど。でも、戻れなくなってしまって」
ショックで声を出せずにいた私。そして最後に、夫から小さく本音が漏れました。
「……ああいう華やかな人といると、周りの目が気持ちいいっていうか」
何よりもショックだったのは、その本音でした。見た目でその人を選んだと言っているようなものでした。夫がそんなことを言うこと自体にとても傷つき、涙よりも先に、冷ややかな諦めが胸に広がりました。こんな見栄だけで生きている男に、これ以上私の時間を費やす価値はない……。
私は慰謝料と財産分与の条件を詰め、必要な手続きを踏んで離婚届に判を押しました。とはいえ話し合いがすんなり進むほど現実は甘くありません。弁護士に相談し、夫とのやり取りは記録に残し、必要なら調停も視野に入れました。
離婚直後、例の同級生から勝ち誇ったような電話がありました。
「忠告してあげた通りになったでしょ? やっぱりあんたには荷が重かったのよ」
私から夫を略奪した罪悪感など微塵もなく、ただ勝利に酔いしれる彼女。
「……あなたって、本当にかわいそうな人ね」と、いつの間にか私の口からは本音がこぼれていました。
「は? なによ、負け惜しみ?」と言う彼女に、私は淡々と続けます。
「他人を見下して、見栄を張らないと、自分の価値を保てないなんて。そんな虚勢を張った生き方、いつまでも続けられると思う?」
「……う、うるさい! 選ばれなかった人間が、えらそうに私に説教しないで!」と激昂した彼女。
これ以上は話にならない。そう思った私は、「私は、自分で自分の幸せを手に入れる。あなたたちとはもう関わらない。さようなら」と告げて、電話を切り、2人と距離を置いたのでした。
同級生からの図々しい要求
2年後――。
再び例の同級生から連絡が入りました。
「久しぶり! ちょっと聞いてよ!」
電話に出るなり、耳をつんざくような甲高い声。
「ついに生まれたのよ、赤ちゃん! 男の子! いや~、ママになるって大変だけど、私ってば産後も相変わらずスタイルいいし、周りからも『きれいなママ』って褒められちゃってさ~!」
略奪したことなどすっかり忘れたかのように、彼女は自分の幸せをまくしたててきました。
いろいろ思うところはありますが、おめでたいことに違いはありません。「……そう、おめでとう」とお祝いの言葉を口にすると、彼女はとんでもない要求をしてきたのです。
「ありがとー! で、あんたにお願いがあるの! 出産祝いで10万円ほど包んでくれない?」
「……は? 10万? 何言ってるの?」と私。私が断ると、彼女はふてくされたようにこう言ってきました。
「普通に考えてそのくらいでしょ。こっちは赤ちゃんがいるし、出費が桁違いなんだから」
私が言葉を失っていると、彼女は当然のように続けました。
「それに、あんたが慰謝料を取ったせいで、こっちは最初から予定が狂ってるの。私は赤ちゃん優先で動いてるだけ。足りない分、埋めるのが筋じゃない?」
まさか、自分たちのしたことを棚に上げて、金銭を要求してくるなんて……。私は渋々と「……わかった、夫に確認しておく。今、夜勤明けで寝てるから、起きたら聞いておくね」と言いました。
私の返事に、彼女は「え? 夜勤って何?」と食いついてきました。「病院の夜勤。夫は医師なの」と答えると、電話の向こうの空気が一瞬止まりました。
私は離婚後、友人の紹介で皮膚科医の男性と出会い、再婚していたのです。
「は……? い、医者って……本当なの? 嘘でしょ?」と動揺する彼女に、私は淡々と続けます。
「それと、慰謝料のせいにして金を要求するのは筋違い。出産祝いは“お願いするもの”じゃない。10万円も出せない」
すると、彼女は声を荒らげました。
「ふ、ふざけないでよ! あんたみたいな地味な女が、医者と結婚なんてできるわけない! 嘘つき!!」
そして逃げるように一方的に電話を切りました。
私はスマホを置き、台所でコーヒーを淹れました。寝室からは夫の静かな寝息が聞こえます。その穏やかな気配が、私には何より心地よく感じられました。
都合の良すぎる復縁要請
それから2週間後、今度は元夫から連絡がありました。
「ひ、久しぶり……。元気か?」
通話ボタンを押した瞬間、元夫はか細い声で話しかけてきました。
「なんなの、いきなり……」とぼやく私に元夫は小さく息を吐きました。「実は相談があって……。正直、今しんどくてさ。家が落ち着かない。毎日揉めるし、金のことばかりで……」
「自分で選んだんでしょう」
「……わかってる。でももう限界なんだ。家に帰るのが怖い。あいつ、毎日毎日『ブランド物が欲しい』って喚き散らすし、家事なんて何もしない。注意すると『稼ぎが悪い』って物を投げつけてくるんだ」
聞けば、彼女とは毎日の喧嘩で家庭は崩壊寸前。彼は半泣きになりながら必死に訴えてきました。
「お前といたころは、家に帰るのが楽しみだった……。お前といた頃の生活のほうが、ずっとまともだった。1回でいいから会えないか。直接話したい。ちゃんと謝りたいし、できることなら、戻れるなら戻りたいんだ」
「……は? 何を今さら。都合が良すぎるわ」と私は冷たく言い放ちました。
「今の奥さんとうまくいかないからって、元妻に逃げてくるなんて最低ね。私はもう再婚して幸せに暮らしているの。二度と連絡してこないで」
「ま、待ってくれ! 頼む! 俺にはやっぱりお前しかいない!」「よくわかったんだよ」と情けない叫び声が聞こえてきましたが、私は「いい加減にして。次連絡してきたら、警察に通報するから」と言って無慈悲に通話終了ボタンを押し、今度は彼を着信拒否にしました。
崩れ去った見せかけの幸せ
さらにその数日後――。
同級生から悲鳴のような電話がかかってきました。
「ちょっと、助けてよ! 私、もうこんな生活耐えられない!」「お義母さんが家に乗り込んできて、私の生活を全部監視してるのよ!」
彼女があれほど誇っていた「幸せな家庭」は脆くも崩れ去っているようでした。
「あいつ、自分の稼ぎじゃ私の買い物代が支払えないからって、義実家に泣きついたのよ! そしたらお義母さんが激怒して、『借金は肩代わりしてやる。その代わり家計は私が見る。あなたはまず、母親として最低限のことを覚えなさい!』って!」
彼女は涙声で、続けました。
「カードも預かるって言われて、毎日の買い物はレシートまで提出させられて、チェックされてるの! 掃除も洗濯も、義母にダメ出しされて全部やり直しさせられる! 家の中を見回られて、少しでも気に入らないと小言が飛んでくるの!」
元義母はたしかに厳格な人でした。しかし、私が元夫と婚姻関係にあったころは「若い人には若い人のやり方があるから」と言って、口を出してこなかったのです。その理解ある元義母がここまで激怒するなんて……。浪費と借金で家庭を壊しかけている現実に、堪忍袋の緒が切れたのでしょう。
「完全に家政婦扱いよ! 楽しみにしてたネイルもエステも全部解約させられたの! 『贅沢する暇があったら子どもに絵本を読め』って……私、息が詰まって死んじゃいそう!」
「でも、お子さんの面倒は見てもらえてるんでしょ?」と尋ねると、「義母がべったりよ! 私が抱っこしようとすると『首がすわってないのに抱き方が怖い』って言われて、取り上げられるし……」と彼女。孫かわいさもあるでしょうが、それよりも同級生から孫を守りたい気持ちが強いのかもしれません。
「ねえ、お金貸して! 10万でいいから! ここから逃げ出したいの!」
そう懇願してきた同級生。彼女にとって、地味で華やかさのない、労働だけの毎日は地獄そのものでしょう。しかし、それは彼女が望んだ「結婚生活」の、魔法が解けたあとの現実なのです。
「……断るわ。逃げ場所なんてないでしょ」と言うと、「そんな! 見殺しにする気!?」と彼女は悲痛な声を上げました。
「見殺し? むしろ更生できてよかったじゃない。しっかりお義母さんにしごいてもらいなさい!」
「お願い、電話切らないで! 義母がこっち見てるの! 助けてよ!」という叫び声を聞きながら、私は電話を切り、すぐさま着信拒否設定をしました。
その後――。
共通の友人が、休日のスーパーで元夫のご両親と同級生が買い物している姿を見かけたそうです。かつての華やかな面影はなく、ノーメイクに地味な服を着た彼女は、値引きシールの棚の前で義母が指示を飛ばし、その後、彼女は無言でカゴに入れていたのだそう。げっそりと疲れた顔で、義母の後ろをついて歩いていたとか。
一方、カートに乗っていた赤ちゃんは、ふっくらと健康的で、義両親にあやされてキャッキャと幸せそうに笑っていたそうです。
彼女はこれから長い時間をかけて「母親」としての責任を叩き込まれていくのでしょう。
信じていた夫からの裏切りと、「地味」「身の丈に合わない」という言葉の暴力。あの日受けた心の傷は深く、一時は「私には価値がないのかもしれない」と、自分自身を否定して塞ぎ込んだ時期もありました。
それでも、その苦しみがあったからこそ、私は見栄だけの関係を断ち切り、今の穏やかな生活を手に入れることができました。
高級なレストランやブランド品なんてなくても、夫と2人で「おいしいね」と言いながらごはんを食べて、安心して眠れる――そんな「普通の毎日」が何より幸せなんだと、あの泥沼を抜けた今、しみじみと感じています。
【取材時期:2025年12月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。