「ごめん。急なんだけど……離婚してほしい」
ある日、夫はリビングでそう言いました。謝っているようでいて、目はもう先を見ている。私は一瞬、言葉が出ませんでした。
私たちは夫婦であると同時に、会社を一緒に立ち上げた関係でもありました。私は経理と総務、契約書や請求書、給与計算まで一通りを回し、夫は営業と対外折衝を担当してきた。家も会社も、2人で作ってきたつもりでした。
「理由は?」
私がそう聞くと、夫は間髪入れずに言いました。
「彼女と一緒になりたい」
彼女――夫が最近、独断で採用した若い受付担当でした。
突然の裏切りと身勝手な理屈
「あの子は明るいし、素直だし、一緒にいるとラクなんだよ。お前は最近、家でも仕事の話ばっかりで……正直、息が詰まる」
私は笑うしかありませんでした。会社が回っているのは、誰がどれだけ泥をかぶってきたからか。夫は見ようともしなかったのです。
「仕事を頑張ってる妻より、ニコニコしてる若い子のほうがいいってことね」
「……まあ、そういうことだな。俺も悩んだ末の決断なんだよ」
ヘラヘラした顔。そこで、私の中の何かが切れました。
「わかった。離婚自体は進める。でも――会社の話は別よ」
夫がきょとんとするのを見て、私は淡々と言葉を続けました。
「私たちは共同で会社を作った。私の立場は“退職します”で終わらない。婚姻中の財産分与は当然として、会社での役職の整理、出資(株式など)の扱い、未払いの報酬や清算金があるならその精算まで、弁護士を入れて正式に話し合う」
そして、最後に一言だけ付け足しました。
「不貞が事実なら、慰謝料も法律の範囲で検討する」
夫は「脅しかよ」と笑いましたが、私はそれ以上何も言わず席を立ちました。
受付での鉢合わせ
それから数日後。私は引き継ぎのために出社しました。必要最低限の説明だけして、あとは距離を取るつもりでした。
ところが受付前で、彼女と鉢合わせました。逃げる間もなく、彼女のほうから近づいてきました。
「……元奥さん、ですよね」
勝ち誇ったような、妙に自信満々な顔でした。
「だって、私たち愛し合ってるんで。既婚者とか、そういうのって真実の愛には関係ないですよね」
私は反論する気も失せました。現実は“真実の愛”より重い。契約書も、請求書も、社員の生活もあるのです。冷静に、「会社を軽く見すぎないほうがいいわ。ここは遊び場じゃない」とだけ伝えると、彼女は笑って言いました。
「大丈夫です。私、これから“社長の奥さん”になるんで。会社の顔として頑張ります」
その言葉に私は恐怖を感じました。わかっていない人間が、わかったふりで会社を触るのが一番危険だと思うからです。
私は必要な引き継ぎだけを終えて会社を離れました。
崩れ始める社内
私が会社の実務から手を引いてしばらくして、元部下の女性から連絡が来ました。彼女とは、今でも個人的に連絡を取り合う仲でした。
「……社内、もう限界です」
聞くと、例の受付担当が、やたらと“社長夫人”を匂わせる投稿をしているそう。しかも、社内の話を軽く外に漏らしてしまうことがあり、現場がヒヤヒヤしていると言います。さらに問題は、お金の流れでした。
「彼女、法人カードとか立替精算の運用を回してるみたいで……支出の申請も領収書の回収も、全部そっちに寄ってます。名目だけ“広告”とか“交際”っぽくして、私的な買い物に近い支出まで混ざってる感じで……でも最後、社長が承認しちゃうんです」
それは、いわゆる「不正だ」と断言する前に、まず詰むやり方でした。規程も支払いの裏付けも曖昧なまま、税務でも社内統制でも、どこかで必ず引っかかる。
「私、もう部外者よ。私が口を出すのは違う」
そう言いかけて、言葉を飲みました。会社を作ったときから一緒に走ってきた社員たちの顔が浮かんだからです。
「……わかった。私にできる範囲で整理する」
私は弁護士と税理士に相談し、社員が自分たちを守るために合法的にできることを洗い出しました。今回の中心は労務より、支出の承認体制と会計処理の問題。感情ではなく手順で動くしかない、と腹をくくったのです。
結婚式という審判の場
それから半年ほどしたころ。彼女から連絡が来ました。
「結婚式、来てください。ちゃんと区切りをつけたいんです。彼も、元奥さんに見届けてほしいって」
どこか自己満足の匂いがしました。さらに話を聞くと、彼女は「会社として祝うのが当たり前」と言い、招待状まわりや装飾の手配まで、半ば社内案件のように回している様子。
断れば角が立つ空気。業務命令と言い切れないけれど、実質的に断りづらい。社員たちはそう感じていました。
私は、出席を決めました。社員側にも伝えると、出席できる人たちが「自分たちも区切りをつけたい」と言い出し、私の周りに集まりました。
彼女に連絡を入れると、「元奥さんに私たちの門出を見届けてもらえるなんてうれしいです~」「式場でお待ちしてますね!」とはしゃいだ返信が。「お祝い、持参しますので」と伝えたあとに、「社員も行きたがっています」と伝えました。一瞬の「え?」という戸惑ったような返信が印象的でしたが、すぐに「お祝いは多いほうがいいですもんね!」と快諾しました。
集まった社員たちは全員ではないものの、行ける人がまとまって出るには十分な人数でした。
そして当日
豪華な披露宴会場。乾杯のあと、スピーチの順番が回ってきました。私はマイクを持ち、短く言いました。
「本日は、お2人の門出に際し、私と、ここにいる元同僚たちからお祝い……いえ、『最後のご報告』がございます」
私は手元の封筒を掲げました。
「これは、私が前任として把握している範囲で、社内の支出手続きと承認体制について“確認が必要だ”と感じた点をまとめた資料です。私はこの場で中身を読み上げたり、断定的な言い方をするつもりはありません。後日、弁護士と税理士に正式に共有し、事実関係と処理の妥当性を専門家の立場から確認してもらいます。その結果に沿って、会社として必要な対応を取ってください」
会場がざわつきました。けれど私は、言葉を選びました。ここで名指しや断定をすれば、ただの泥試合になると思ったからです。
続けて、私はもう一つの“贈り物”を示しました。
「そしてもう一つ。――ここにいる社員たちからの、連名の通知書です」
社員たちが静かに立ち上がりました。
「本日、ここにいる社員から、退職の意思を示す書面を提出いたします。退職日や引き継ぎ、有給休暇の取得については、法令と就業規則に沿って協議します。ただ、これ以上“手続きの曖昧な支出”に関わる業務を続けることはできない、という意思は固いです。今後の連絡は、原則として書面でお願いいたします」
新郎の顔色が変わり、新婦は笑顔を貼り付けたまま固まっていました。私は最後にだけ、普通の祝辞を置きました。
「ご招待ありがとうございました。今日が、お2人にとって良いスタートになりますように」
それだけ言って、マイクを置きました。
本当のスタート
展開は早かったと聞いています。
退職が重なれば、引き継ぎは崩れます。残った人間に負荷が集中し、さらに人が抜ける。取引先は「担当がいない」「回答が遅い」「請求が乱れる」と嫌がり、静かに離れていく。そして何より、会計の綻びは遅れて効いてきます。
案の定、会社はすぐに立ち行かなくなりました。
その後、退職の申し出が相次ぎ、引き継ぎは崩れました。現場は最低限の対応すら回らなくなり、月次の締めも遅れ、取引先対応も滞ったそうです。混乱の中で、支出の根拠が薄い処理が目立ち始め、金融機関の態度も硬化しました。追加の資金手当ては難しくなり、売上の入金と支払いのタイミングが噛み合わなくなって、そこで一気に崩れた——そう聞きました。
1年もしないうちに元夫の会社は、事実上たたむことになったそうです。看板や肩書きに頼り、実務を軽視していた彼女が、その看板が崩れた瞬間にどんな末路を辿ったか。私はあえて、風の噂も追わないことにしています。
私は、離婚の条件を整え、元夫と完全に距離を置きました。連絡が来ても返さない。関わるほど、余計な泥が跳ねるからです。
その後、元社員たちから「もう一度、一緒に働けないか」と相談を受けました。私は旧会社の顧客名簿や機密には触れないことを徹底し、取引先にも事情を説明したうえで、新しい体制でゼロからやり直す道を選びました。恨みで動いたつもりはありません。私が守りたかったのは、働く人の生活と、誠実に積み上げてきた信用です。
失ったものは大きい。でも、手元に残ったものもはっきりしていました。私は今日も、新しい仲間と一緒に、地に足のついた一歩を踏み出しています。
【取材時期:2025年12月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
正しくは泥仕合です。