「安月給になにがわかる」エリート会社員による屈辱
介護施設で働き始めて5年。僕は入居者の皆さんとの触れ合いが何よりの喜びでした。
しかし、一人だけ……どうしても苦手な人がいました。ある入居者のお母さんの息子で、大企業の幹部だというエリート会社員です。
彼は決められた面会時間を守らず、ふらりとやって来ることがありました。
「今から母に会わせろ。こっちは忙しいんだ、高い金払ってんだからそれくらい融通しろ」
「面会時間は決まっておりまして……」
そう説明すると、彼は鼻で笑いました。
「底辺だから、融通をきかせるサービス精神もないのか。こんな仕事しかできない人間にはわからないだろうが、時間は金なんだよ」
大企業の幹部として成功している彼にとって、介護士の僕たちは“見下す対象”でしかない存在。会うたびに上から目線の無理難題を押しつけてきて……同僚の女性などは泣かされたこともあり、そのカスハラ行為の連続に職員たちも辟易。結果、リーダーである僕が彼の対応はすべて対応するようにしました。
そして彼がどんなに横暴な態度をしても、お母さんのために笑顔で接し続けました。
すべてが崩れ落ちた深夜

そんなある日の深夜2時過ぎ、僕は夜勤の見回り中、施設の玄関に人影を見つけました。
あのエリート会社員が夜の闇の中、呆然と立っていたのです。スーツはしわだらけ、髪は乱れ、目は虚ろでした。
「……入れてもらえますか」
か細い声でそう言う彼を、僕は迷わず中へ招き入れました。
休憩室で温かいお茶を出すと、彼はようやく口を開きました。
「……粉飾決算に関与していたことがバレたんです。明日には、マスコミに報道されます。すべて、終わりです」
僕は何も言わず、ただお茶のおかわりを注ぎました。そして静かに、お母さんの近況を話し始めたのです。
「お母さん、最近また編み物を始められたんですよ。昔、あなたに作ってあげたセーターの話をよくされています」
「毎日、あなたのことを心配されています。『最近、疲れた顔をしているんじゃないか』って」
その息子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちました。
「おれは……おれは何をやっていたんだ」
しばらく沈黙が続いたあと、彼は「私が今まで間違っていました」と頭を下げ、ひっそりと帰っていきました。
「本当のプロフェッショナル」とは
それからまもなくマスコミ報道があり、彼は会社を辞職することになりました。大企業の幹部から一転、小さな会社で再就職することになったそうです。
給料も地位も、以前とは比べ物にならないほど下がったと聞きました。しかし、彼は毎週のようにお母さんの面会に来るようになったのです。
そしてある日、彼は僕の前で深々と頭を下げました。
「実はあの日、母をひと目見たら、それこそ会社の金を持ってどこかへ逃げてしまおう、なんて考えてたんです。それを踏みとどませてくれたのがあなただった」
彼は目をうるませて続けました。
「あなたのような人が、本当のプロフェッショナルなんですね」
「私は肩書きや給料で人を見下していました。でも、母を本当に大切にしてくれていたのは、あなたたち介護士の方々だった」
彼の言葉には、心からの謝罪と感謝が込められていました。
「これからは地道に働いて、母になるべく会いに来るようにします。今まで本当に……申し訳ありませんでした」
それからは、以前のような無理難題を言うこともなく、ただ静かにお母さんに寄り添う彼の姿がありました。
「いつもありがとうございます」
そう言って僕たちスタッフに丁寧に頭を下げる彼は、かつての傲慢な姿とはまるで別人です。人当たりもよくなり、他の入居者の方々にも優しく声をかけるようになりました。
彼は地位もお金も失いましたが、それと引き換えに、もっと大切なもの——家族との絆と、人への優しさを取り戻したのです。
※AI生成画像を使用しています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。