こども家庭庁が設立された本来の目的とは?
――2023年に発足したこども家庭庁ですが、1年半が経った今、現状をどのように見ていますか?
山田太郎議員(以下、山田):正直なところ、まだこども家庭庁設立の目的は果たせていません。目的は「子どもの権利を守り、すべての子どもが幸せに生きられる社会を作ること」です。
少子化対策のために出生率を上げるのも大切なことですが、まずは今いる子どもを大切にする方が先決です。まず理解しておいてほしいのは、こども家庭庁は「少子化対策のための省庁」ではないという点。出生率の議論よりも先に、「今、ここにいる子どもの命と育つ環境を守ること」を最優先に掲げているのです。
子どもたちを取り巻く深刻な問題、いじめ重大事態や虐待などは依然として減ってはいません。子どもの自殺も絶えることがない今、目的達成には、まだ時間がかかりそうだと感じています。
制度を整えることはできても、社会を変えることは簡単ではありません。なぜなら、日本にはまだ「子どもより大人が優先される文化」が根強く残っているからです。こども家庭庁が目指しているのは、ただ制度を整えることだけでなく、その“社会全体の価値観”を変える機関になることなんです。
――なるほど、それで「こどもまんなか」という言葉が使われているんですね。
山田:はい。ですが「こどもまんなか」は単なるキャッチコピーではなく、社会構造を変えるためのキーワードです。これまで日本では、大人の視点から政策を作ってきました。要するに「親を支援すれば子どもも守られる」という発想ですね。でも、それでは子ども本人の気持ちが後回しになってしまいます。
こども家庭庁のミッションは「子どもを主語に、制度を設計すること」。親への支援はあくまでも子どもを守るための手段であって、目的ではないのです。
つまり、子どもの立場から「何が最善か」を考える社会への転換を目指しているんです。いじめ、不登校、虐待、ヤングケアラー…これらのどの問題も、子どもの声を中心に据えなければ本当の解決には至りません。こども家庭庁の仕事は、社会全体が子どもを主語にできる仕組みを整えることと言えるでしょう。

「#こども家庭庁いらない」という意見が挙がるワケ
――そもそも「少子化対策のための省庁ではない」ということが世の中に伝わっていないように思います。「こども家庭庁が何をしているのかわからない」「期待外れだ」という声も聞かれますが、どのように受け止めますか?
山田:発足当初の期待が高すぎて、こども家庭庁は「子育ての課題をすべて解決してくれる“子育ての何でも屋”」だと誤解されてしまったのかなと思いますね。ただ、それだけ子育てに不安を抱えている人が多いのだと重く受け止めています。
前述したように、こども家庭庁の目的はあくまでも「こどもまんなか社会の実現」です。
こども家庭庁の仕事が見えにくいのは、政策が形になって現場に届くまでに時間がかかるからだと思います。国が制度を設計し、自治体が実行し、現場で支援として実感できるようになるまでには、どうしても段階を踏む必要があります。
今はちょうどその“理想と現実の間を埋めている最中”なんです。掲げた理念(理想)を、実際の支援や制度として社会に根づかせていく、その調整とすり合わせをしている段階、と言えるでしょう。
――その理想と現実のズレを埋めるために、どのような取り組みが必要なのでしょうか?
山田:制度を整えるだけではなく、現場の声をどう吸い上げるかが大切なんです。「理想と現実のズレ」を埋めるには、制度づくりと同じくらい、現場の実情を正しく把握することが欠かせません。子どもや家庭が抱える課題は地域によっても異なりますから、いまは自治体とより密に連携し、現場の声を政策に反映できるように取り組んでいるところです。
――山田議員は以前から「こども家庭庁の方向性は国民の声で決まる」と発言されていますよね。その真意をお聞かせいただけますか。
山田:何をどの順番で実現していくかは、国民の皆さんが決めることだと思っています。
政策は上(国)から降ってくるものではなく、「どんな社会を望むのか」という国民の意思で決まるべきだと私は考えています。政治家も官僚も、その意思を形にする役割を担っているだけの存在にすぎません。
だからこそ「こども家庭庁に何をしてほしいか」、現場の、国民の声をしっかりと吸い上げて、みんなで議論していくことが大切だと考えています。
なので「こどもまんなか」というのは行政のスローガンなのではなく、日本の文化の変化を求めるための言葉です。学校、地域、家庭、企業、あらゆる場所で「子どもにとって何が最善か」ということを考え、国に伝えていく習慣を広めていく必要があると私は考えています。
そして、その循環を支えるうえで、メディアの役割も非常に重要です。現場の声や小さな成功事例を可視化し、課題を社会全体の問題として共有する、その積み重ねが、政策を動かす原動力になると思います。行政や政治の発信を一方的に伝えるだけでなく、「声が届いた」「変化が起きた」という実感を国民に返していくこと。そうした橋渡しをしてくれるメディアが増えることで、社会全体が少しずつ“こどもまんなか”に近づいていくのではないでしょうか。

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山田氏曰く、こども家庭庁は今、社会の価値観そのものを子ども中心へと転換している真っ只中にあるということでした。発足から1年半、国民の期待と現場の温度差はまだ存在しますが、今回の取材から、子どもの声を丁寧にすくい上げ、制度に落とし込むための時間を要する変革であることが見えてきました。
「こどもまんなか」という言葉は、行政だけのスローガンではありません。家庭、学校、地域、企業、そして社会全体が連動して初めて実現できる姿です。私たち大人がどのように子どもと向き合い、どんな社会を望むのか。「こども家庭庁の方向性を決めるのは国民」という山田議員の言葉どおり、社会を変える力は私たち一人ひとりにあります。
「こどもまんなか社会」の実現に向けて、国や自治体任せではなく、私たち自身が主体的に関わっていくことが問われているのではないでしょうか。ベビーカレンダーもそんな社会を作る一員として、情報の発信を続けていきます。

山田太郎氏とベビーカレンダー編集長 二階堂