「使いたくても使えない」現場の壁。企業・国はどう向き合っている?
ーー育児休業などの両立支援制度(育休や時短勤務、テレワークなど)について、実際には「使いたくても使えない」と感じる人もいるという声が聞かれます。現場では、どのような課題が見えてきていますか?
上田真由美さん(以下、上田):育児休業制度について、「利用しなかった理由」を調査しています。その中では、「収入を減らしたくなかった」「取得しづらい雰囲気だった、職場の理解がなかった」と答える人が多く、特に男性においてその傾向が強く見られました。
収入への不安は、制度が“実際に使えるかどうか”を考えるうえで、避けて通れない課題だと感じています。制度そのものを整えるだけでなく、「生活への影響」を考えることが大切です。
だからこそ、金銭的な支援も含めて、取り組みやすい環境づくりを進めていく必要があり、2025年の4月から、夫婦ともに14日以上の育児休業を取得すると、最大28日間、出生後休業支援給付金(給付率13%)を受け取ることができ、通常の育児休業給付(給付率67%)と合わせて、手取り10割相当(給付率80%)となる制度が始まっています。
また、積極的に制度を取り入れている企業が増えているのも事実ですが、そうではない職場にもどう広げていくかが、大きなポイントとなります。
ーー国としては、どのように現状を把握しているのでしょうか?
上田:国として現状を正しく把握するために、厚生労働省では定期的に育児や介護との両立に関する実態調査をおこなっています。そこでは、企業にどのような制度があるのか、実際にどのくらい利用されているのか、またそもそも法改正により新しく導入された制度が企業や労働者の方々に知られているのかどうかなどについても調べています。
育児に関しては、短時間勤務や子どもの看護休暇、フレックスタイム制、テレワークなどについて、利用状況を継続的に確認しています。企業に「制度があるかどうか」だけでなく、「実際に使われているかどうか」も重視して見ているのが特徴です。
ーー企業側にとって、仕事と子育てが両立しやすい環境を作り、共育を進める理由はあるのでしょうか?
上田:企業にとってもメリットがあります。国では、育休を取得した方の業務を支えた周囲の従業員に手当を支給した場合や、新たに人材を採用した場合の助成金など、中小企業向けの支援もおこなっています。
また企業にとっては「人材を確保する」という点においても大きな意味があると考えています。若い世代では「家庭と仕事を両立できるか」を就職先の条件として重視する人が増えています。
共育に取り組まない場合、若い人材が集まりにくくなったり、せっかく採用しても、長く働き続けてもらうことが難しくなったりするケースが出てくると思われます。企業にとって、共育は“将来に向けた投資”のひとつになりうると考えています。

「今は子育てと仕事、どちらを優先すればいい?」と悩むママへ。子育ても仕事も選べる社会へシフト
ーー子育てをしながら働いていると、「今は仕事を頑張る時期? それとも子どもを優先したほうがいいのかな」と、キャリアについて悩むママも多いと思います。子育て環境と親のキャリアについては、どのように考えていますか?
上田:子育てをしていると、「今は子ども優先にしたい」「少し余裕が出てきたから、仕事も頑張りたい」そんなふうに、気持ちが変わることもありますよね。そのタイミングや考え方は、人それぞれだと思います。
2024年の育児・介護休業法の改正で、2025年10月から、子どもの年齢に応じた柔軟な働き方、自分に合った働き方を選びやすくするための仕組みが新しく整えられました。
まず、従業員のお子さんが3歳になるまでの適切な時期に、企業は、柔軟な働き方を実現するための2つ以上の両立支援制度等を設け、「こんな働き方がありますよ」と制度をきちんと案内し、さらに「これから、どの制度を利用することを希望しますか?」と従業員に確認することが義務になっています。
具体的には、フレックスタイム制・時差出勤・テレワーク・短時間勤務など、家庭の状況に合わせて働き方を選べる制度を2つ以上会社が整えることが必要です。子どもの成長や家庭の状況に合わせて働き方を選べるようになることで、「仕事を続けたいけれど、今の働き方では難しい……」という悩みが少しでも減り、ママやパパが無理なく働き続けられる社会に近づいていくと期待されています。
そして何より大切なのは、みんなが同じ働き方をすることではなく、その人・その家庭にとってちょうどいい働き方を選べること。子育てもキャリアも、どちらかを我慢するのではなく、それぞれが望む両立の形を選べる社会を目指したいと考えています。
ーー働き方を選べる仕組みは整ってきましたが、実際には「みんなと同じように仕事ができないと申し訳ない」という気持ちを抱えるママも多いように感じてしまいます。
上田:「周囲に迷惑をかけてしまったのでは」と感じてしまうことは、子育てをしながら働く人であれば誰にでも経験があると思います。
ひとつのヒントを挙げるなら、自分の状況をできる範囲で少しずつ周囲に伝えていくことも大事なのではないかと考えています。子どもの年齢や人数、共働きかひとり親か、パートナーの働き方や、祖父母が近くにいるかどうかなど、家庭の状況は本当に人それぞれですよね。
「今はこういう状況です」と言葉にして共有することで、周囲に自分の状況を理解してもらいやすくなり、職場で無理のない助け合いが生まれることにもつながるのではないでしょうか。
育児だけでなく、介護・病気・学び直しなど、誰にでも起こり得るそれぞれの事情があります。だからこそ、「助けてもらう時期もあるし、支える時期もある」という前提を職場全体で共有できると、気持ちが少しラクになります。
「今は自分が助けてもらう番」「いずれは誰かを支える番」そんな“お互いさま”の意識を育てていくことが、長く働き続けられる職場につながるのではないかと考えています。
誰かが無理をしなくていい、これからの子育ての形
ーーここまで、職場の課題や、ママたちの迷いや気持ちについてうかがってきました。そうした現実を踏まえて、共育プロジェクトを通して、最終的にどんな社会を目指しているのでしょうか?
上田:男女の家事・育児の分担を見直していくことは、子どもがいる家庭だけでなく、
これから子どもを持つ人や、子どもを持たない選択をしている人も含めて、日本社会全体に関わる重要なテーマだと考えています。
分担は「家庭の工夫」だけで決められるものではなく、働き方や周囲の理解、制度の使いやすさによって左右されます。だからこそ、個々の家庭の努力に任せきりにしないことが大切です。
子育ては家庭の中だけの出来事のように見えますが、実際には、残業を前提とした働き方や、性別による役割分担を前提としてきた社会の構造が影響しています。制度をつくり、働き方や支援の環境整備を進める立場としても、これは“家庭の努力”だけに任せてよい問題ではないと受け止めています。
日本社会に求められているのは、「社会が決めた型」に人を当てはめるのではなく、一人ひとりが自分の希望や置かれている状況に合わせて、家事・育児の担い方や働き方を選べる環境を整えていくことです。
共育プロジェクトでは、たとえば「今の時期は子どもを優先しよう」「この期間は時短で働こう」「その後の時期は自分のキャリアアップにも取り組もう」といった選択が、ごく自然にできる社会を目指しています。
ーー共育が目指す未来のお話をうかがいましたが、いま現在、両立に悩んでいるママたちへ、どんな言葉を届けたいですか?
上田:仕事と家庭のことで悩んでいると、「自分の頑張りがたりないのでは」と感じてしまうこともあるかもしれません。でも両立の難しさは、決して個人だけで解決する問題ではありません。
制度や支援は少しずつ整ってきていますし、企業に向けた助成金や相談支援なども用意されています。まずは「頼っていい」「選んでいい」ということを、知ってもらえたらうれしいです。
子育てと仕事、どちらかを我慢するのではなく、今の自分や家庭に合った形を選んでいく——そんな選択が、当たり前にできる社会を目指して、一緒に進んでいけたらと思っています。

ベビーカレンダー編集長・二階堂と上田真由美さん
子育てと仕事の両立がつらく感じるのは、決して「頑張りがたりないから」ではありません。制度があっても使いづらい空気、休むことへの申し訳なさ、キャリアへの不安――それらは個人の問題ではなく、社会全体の課題だと、今回のインタビューは改めて教えてくれました。
「今は助けてもらう時期」「いつかは誰かを支える時期」。そんな“お互いさま”が当たり前になれば、無理をしなくても働き続けられる環境がきっと広がっていくはずです。
子育ても仕事も、どちらかを我慢しなくていい。状況に合わせて選び直せること、さまざまな支援を使うことに後ろめたさが伴わない社会へ――。
私たちメディアも、今、この現実を見過ごさず、社会を変えていく決意を持って発信し続けていきたいと思います。