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「寂しくなかったかな…」母を見送り芽生えた終活への意識。家族への思いやりと備え【体験談】

2024年の3月、母が旅立ちました。その知らせを受けたとき、覚悟はしていたつもりでしたが、やはり胸の奥が締め付けられるような寂しさを感じました。

 

介護の日々と遠距離での面会

母は同年12月に脳梗塞を患い、その後は長年通っていたデイケアを経て、認知症対応の老人ホームでの生活が始まりました。

 

施設は県外にあり、当時はコロナ禍ということもあって、面会は思うようにできませんでした。それでも、在来線を何度も乗り継いで母の顔を見に行った日々は、今でも忘れられません。

 

ガラス越しの面会や短い会話の中でも、母の笑顔を見るたびに「また来るね」と約束して帰路に着いたことを思い出します。

 

静かな家族葬と残された思い

葬儀は家族葬でした。父はすでに他界しており、参列したのは兄妹と私の家族、そして義母や子どもたち。通夜もおこなわず、静かに火葬のみを執りおこないました。

 

母の知人を呼ぶこともできず、「寂しくなかったかな」と心のどこかで感じながらも、静かに見送る時間が、かえって母との思い出をゆっくり振り返るきっかけにもなりました。

 

最近はこうした小規模な葬儀が増えているように思います。高齢化が進み、遠方の親族が多い家庭では仕方のないことなのかもしれません。

 

 

これからを見据えて

母を見送ってから、自分自身のこれからについても考えるようになりました。「子どもたちに負担をかけたくない」という思いが強くなり、終活という言葉が身近に感じられます。

 

葬儀費用が高額であること、十分な貯蓄がないことなど、現実的な不安もありますが、今できることから少しずつ準備を進めていこうと思いました。

 

まとめ

母の死をきっかけに、人生の有限さと家族の絆の大切さを改めて感じました。人生、何が起こるかわからないからこそ、心の整理と備えをしておくことが、残される家族への思いやりなのだと実感しています。

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※AI生成画像を使用しています

 

著者:時田路美/50代女性・パート

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2025年11月)

 

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