病院に到着するやいなや、義母は私たち夫婦を呼び寄せ「介護が必要になったら、あなたたちがお願いね」とひと言。なぜか実家近くに住む長男である義兄夫婦ではなく、やや遠方に住んでいる私たちに託してきたのです。
「長男夫婦には苦労させるわけにはいかないの」と義母は言います。もちろん義兄夫婦に介護を丸投げするつもりはありませんが、兄弟で協力していくものだと思っていたのです。
身勝手な義母
義父はやさしい人で、私たち夫婦にも普段からよくしてくれていました。理不尽な気持ちはありましたが、義父を放っておくことはできません。
私たちは義実家への同居を決めました。そのために夫は転職し、私は家事と介護に専念することにしたのです。収入は以前の3分の2になりましたが、仕方がありません。余裕のない生活ですが、何とかやりくりして頑張っていました。
義母は本当に介護にノータッチです。それどころかこれまで義父がやってきた庭の手入れや洗車、送迎などを私たちに押し付けるようになったので、やることは増える一方……。
そして、同居してわかったのは義母の金遣いの荒さです。年中お小遣いをせがみ、無理だと断ると不機嫌になり、夫の財布に手を伸ばすこともありました。
そんな私たちの家計は火の車でしたが、義父が最後に行きたいと希望する、生まれ故郷への1泊旅行を決めました。そのときも義母は、一緒には行かないというだけでなく「もう長くない人にお金をかけるより、この先も生きていく私のために使ったほうが有意義じゃない?」と主張したのです。
義父が他界
義父が他界したのは、生まれ故郷への旅行から3年後のこと。葬儀やさまざまな手続きを終えた私たち夫婦が『苦労もあったけれど楽しい時間だった』と振り返っていると、義母がやってきて言いました。
「お父さんも亡くなったし、もう自分たちの生活に戻っていいわよ。私は長男夫婦と暮らすから!」
夫は転職、私は退職し、住居も変えてここまでやってきたというのに、介護が終わった途端お払い箱とは……。あまりに身勝手であきれてしまいます。
しかし義母と暮らして、彼女のことが以前よりわかった気がしています。これまでの義母の言動から、この発言も想定の範囲内でした。私たちはすでに静かに準備を進めていたのです。
義父からもらったもの
「とっくに出ていったけど?」と夫が言うと、義母は目を丸くしていました。
義父は介護をしている日々の中で私たちにたくさんのことを教えてくれました。保険の見直しや積み立ての方法、無駄遣いを抑えるコツなど、私たちにとって目からウロコの話ばかり。これまで義母に話したこともあったそうですが、どれも鼻で笑われたそうです。
さらに義父と接する中には、仕事の進め方や人との向き合い方などの学びがたくさんありました。それらはとても役に立ち、時間はかかりましたが、今では以前より安定した収入を得られるまでになったのです。
また、義父の後押しもあり、私たちは将来を見据えて新築の家の購入を進めていました。
もちろんローンの組み方やハウスメーカーとの交渉もすべて義父がアドバイスしてくれたので、手続きや打ち合わせは驚くほどスムーズでした。
家が完成したのは、義父の容態が悪化する少し前のこと。お見舞いに通いながらも私たちは引っ越しの準備を進めていました。
義母の誤算
予定が狂ったのが義母でした。私たちを実家から追い出して、義兄夫婦を実家に呼ぼうと考えていたのは、義兄が高収入の自営業だからでしょう。生前義父も「母さんは自分の生活を安定させるために、義兄夫婦を実家に呼び寄せるだろう」と予想していました。
しかしそのころ、義兄が経営していた会社が傾き始め、義母の面倒を見るどころの話ではなくなりました。義実家で暮らせることは渡りに船だったようですが、義母は期待していたような豪遊暮らしが叶わず……。義姉も義兄を支えるために仕事を増やしたため、いつの間にか孫のお世話は義母の役目になりました。
孫を放置するわけにもいかず、結果的に義母は遊ぶ暇もなく孫の世話に追われる生活を送っているようです。
義母から、「こんなはずじゃなかった。正直、こんな生活になるならあなたたちと一緒に新築の家に引っ越したほうがまだ良かったわ」とグチられたときには、思わず苦笑いしてしまいました。
義父の助言がなかったら、お金もないまま住むところすらなかったでしょう。義父からはたくさんのものをもらった気がします。その教えは少しずつ子どもたちにも伝えていくつもりです。
◇ ◇ ◇
義父は「どう生き、どう備えるか」を示してくれていましたが、それを受け取る姿勢がなければ意味はありません。義父から学ぶことはたくさんあったはずなのに、義母はその機会を逃してしまいました。
誰かが何とかしてくれるだろうと期待するだけでは、思い通りの未来は訪れないもの。自分に都合のいい算段に頼っていると、大切な学びの機会を逃してしまうと改めて感じさせられるお話でした。
【取材時期:2025年11月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。