病室で遺産の話ばかりする母
ある日の面会、母は私の顔を見るなり少し身を乗り出して「ねぇ、あなたには1000万円ね。土地は欲しい?」「◯◯ちゃん(私の子ども)には、このくらいかな…」と遺産の話をし始めたのです。しかも、ここは個室ではなく大部屋。他の患者さんや付き添いの人がいるというのに、母は声を潜めるどころか、普通の声量で金額まで具体的に話し続けるのです。「タンスの奥にダイヤの指輪があるでしょ?あれ、売ればお金になるから。あと通帳は……」と止まらない母。私は「ちょっと!誰が聞いてるか分からないから!やめなって!」と慌てて止めていました。
その後も面会に行くたび、母は同じように遺産の話を持ち出すのです。 そのたびに私は「まだそんな話、聞きたくない」と思っていました。
そんなある日、 面会中にまた遺産の話が始まったのですが、看護師さんが笑顔で入ってきて「もうすぐ退院できますから、そんな先のこと考えなくて大丈夫ですよ〜」と笑いながら言ってくれたのです。 母も少し照れたように笑い、それ以降、遺産の話はぴたりと出なくなりました。
無事に退院した母は、以前と変わらない日常に戻りました。そして、あれほど繰り返していた遺産の話をすることもなくなりました。
◇ ◇ ◇
あとになって、母は「自分の先が長くない」と思い込んでいたからこそ、残される私たちが後々困らないように、家族が揉めないように、必死に準備しようとしていたのだと気づきました。娘としては、正直まだ聞きたくなかったのですが、母は、自分の不安よりも子どもや孫の将来を心配してくれていた母に強さと愛を感じました。
著者:酒井かな/40代女性・主婦/6歳・4歳の女の子ママ。趣味は音楽鑑賞。
イラスト:さくら
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年1月)