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「遠い、知らない土地は嫌」父の退職祝い旅行を拒む母。理由を並べて動かない姿に私が感じた虚しさの正体

私の実家には、家族で出かけるという習慣がほとんどありませんでした。それは偶然ではなく、母の性格によるものでした。大人になり、父の退職祝いをきっかけに、私はずっと心の奥に押し込めていた感情と向き合うことになりました。

 

出かけない母が当たり前

母は社会人1年目を終えてすぐに結婚し、それ以来ずっと専業主婦でした。父は公務員で、実家は男尊女卑的な空気が色濃く残る、閉鎖的な田舎の家庭でした。

 

母はとにかく外に出たがらない人でした。遠い、面倒、疲れる。理由はいつも同じ。

住んでいる地域から離れることを、必要以上に嫌がっていたのです。

 

小さいころ、家族みんなでどこかへ出かけた記憶はほとんどありません。それが寂しいと感じる前に、「うちはこういう家なんだ」と諦める癖が、いつの間にか身についていました。

 

消えた父の退職祝い

結婚後、父の退職祝いに家族旅行をしようと私から提案しました。父は珍しくうれしそうな顔をして、「行こうか」と言ってくれました。

 

けれど母は首を縦に振りませんでした。「遠い、知らない土地は嫌、今さら行かなくてもいい」。次から次へと理由を並べる姿に、私は強い虚しさを感じました。

 

私は母にこれは父のためのお祝いだと、何日もかけて説得しました。それでも母は動きませんでした。父も結局、「お母さんがそう言うなら」と引き下がり、旅行の話はなかったことになりました。

 

その瞬間、私は子どものころから何ひとつ変わっていない現実を、突き付けられた気がしました。

 

 

繰り返したくない家族像

母の性格があるから、家族で出かけることができなかった。その事実を、私はずっと飲み込んできました。

 

だからこそ、私は「同じ親にはなりたくない。子どもたちには、家族で出かける楽しさを知ってほしい。特別な場所でなくてもいい。一緒に笑った記憶を、ちゃんと残したい」と強く思います。

 

母を理解しようとしても、納得できない気持ちは消えません。それでも私は、反面教師としてこの経験を自分の選択に変えたいと思っています。

 

まとめ

家族の形は、子供の力では選ぶことができません。私にとって「出かけない母」との生活は、諦めを受け入れる日々でもありました。

 

けれど、親から受けた影響をそのまま次世代に渡す必要はないのだと、父の退職祝いの一件で強く実感しました。過去の虚しさを消すことはできなくても、「自分の代で家族の景色を変える」という選択は、今からでも可能です。 家族と外へ出て、同じ景色を見て笑い合う。そんな当たり前のような時間が、今の私にとっては、自分自身の過去を癒やす大切な一歩になっています。

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

 

著者:小川由紀/30代女性・主婦

イラスト/ゆる山まげよ

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年1月)

 

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