カタチだけの夫婦
結婚式の日、夫は私にだけ聞こえる声で「結婚はカタチだけのものだ。お互い生活には干渉しないでいこう」と呟いたのです。その言葉を聞いて、なぜかホッとした自分がいました。 期待しなくていい。 愛されようと努力しなくていい。 そう思えたから……。
結婚後の生活は、想像以上に淡々としていました。 朝はすでに夫が家を出ていて、 夜は私が先に眠ってしまうことが多くありました。顔を合わせても、会話は最低限で「ただいま」「おかえりなさい」だけで一日が終わることもありました。一緒に食事をする日もありましたが、沈黙のほうが長く、箸の音だけが響いていました。気まずい空気に耐えきれず「今日のごはん、どうですか?」と夫に尋ねても「……悪くない」と一言。それ以上、言葉が続くことはありませんでした。 寂しくないわけではありませんでしたが「これは最初からそういう結婚だ」と、 自分に言い聞かせていました。夫は責任ある立場の人。「この結婚も、仕事の一部」そう考えれば、割り切れる気がしたのです。
そして月日が流れ、父の工場は少しずつ立て直されていきました。 家族が安心した表情を浮かべるたびに、 私は「この結婚は正解だった」と、自分を納得させていました。
突然の出来事
ある日の昼下がり、家で過ごしていると突然スマホが鳴りました。電話に出ると突然「ご主人が倒れました。すぐに来てください」と言われたのです。病院に着くまでの記憶は、ほとんどありません。ただ、「間に合ってほしい」という思いだけが、 頭の中をぐるぐると回っていました。
病院に到着し、医師から説明がありました。そこで知らされたのは、 夫がこれまで無理を重ねてきたこと、これからの生き方を考え直さなければならないというとても危険な状態だという現実でした。私は話を聞きながら、「どうして気づけなかったんだろう」と、自分を責めました。すると夫は、まるで他人事のような口調で「君の実家は、もう大丈夫だ。取引も安定しているから、俺がいなくなっても困らない」と言うのです。その言葉を聞いた瞬間、 胸の奥に溜まっていたものが、一気にあふれ出しました。 私は、ずっと我慢していたのです。 寂しいと言わず、 不安も口にせず、 “割り切った妻”でいようとしてきました。 でも、それは強さではありませんでした。
私は思わず「ちょっと待ってください! 私はどうなるんですか? 私は、あなたが元気でいてくれないと困るんです! 愛してるんです!」と自分でも気づかなかった心の声が溢れ出たのです。私の声は震え、涙が止まりませんでした。 そのとき初めて、私は気づいたのです。私はもう、とっくに この人を失いたくないと思っていたことに。
初めて通じた想い
私は夫の前に立ち、はっきりと「私は、あなたと一緒に生きるって決めています! 1人で全部抱え込まないでください」と伝えました。夫はしばらく黙り込み、視線を落としたかと思えば、突然笑顔を見せ「俺の願いはね、君と一緒に年を重ねることなんだ」と言ってくれたのです。
その一言で、胸の奥がじんわりと温かくなりました。 この結婚の始まりに愛はなかった……。しかし、年月をかけしっかりと愛が生まれていたのです。それから夫は、少しずつ変わっていきました。感謝の言葉を口に出すようになり、気持ちを隠さなくなりました。
その後、夫の体調は回復し、私たちの新しい愛のある夫婦生活が始まりました。私はこのとき初めて「この人と結婚して、本当によかった」と思ったのでした。
◇ ◇ ◇
最初は「形だけ」と割り切っていたはずなのに、暮らしは人の心を動かします。だからこそ、黙って耐えるだけでは、夫婦は近づきません。言葉にしない優しさもあります。しかし、言葉にしないままでは伝わらないこともあります。大事なのは、相手のために“全部背負う”ことではなく、一緒に背負うために、ちゃんと話すことなのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。