事の発端は1年前――。
当時、私たち夫婦は2LDKの賃貸マンションで暮らしていました。将来の育児環境を考えると、若干手狭。そろそろ広めの家を探そうか、と話し合っていたときでした。
義母からの1本の電話。それは「あなたたちの将来のためにも、うちを二世帯住宅にリフォームして一緒に住みましょうよ!」という内容でした。その魅力的なお誘いに、私も最初はわくわくしたのですが……?
義母からの魅力的な提案と夫の後押し
「2階と1階で出入り口も分けるし、あなたたちの家には勝手に立ち入らない。孫ができたら、私が送り迎えするから」
その言葉を、私はこのときはまだ信じていました。
義母はもともと孫を楽しみにしていました。「孫の成長を一番近くで見たいのよ」と言う義母。初めての子育てに不安を抱いていた私は、二つ返事でうなずきそうになりました。
しかし、問題はリフォーム費用。うちは共働きですが、そんなに余裕のある暮らしをしているわけではありません。独身時代の貯金はありますが、それは亡き母が「娘のために使ってね」と遺してくれた大切なもの。今使うべきではない、と頭のどこかで警鐘が鳴っていました。
私が「でも……うちにはそんなお金、出せません。とても魅力的なご提案なのですが……」と断ろうとすると、義母は私の言葉にかぶせるようにしてこう言ってきたのです。
「お金のことは気にしないで! 費用は夫の遺産と、私の退職金でまかなうから!」「あなたたちに金銭的な負担はかけないわ。だからぜひ一緒に住みましょう」
そこまで甘え切っていいのか、疑問に思った私は、「夫に聞いてみます」と言って、義母との電話を終えました。
仕事から帰ってきた夫に、義実家リフォームの話について相談した私。すでに夫は義母から聞いていたようで、私の手をにぎって力強くこう言いました。
「母さんが言っていたとおり、お前は1円も出さなくていいよ。俺の実家に住んでもらうんだし、俺と母さんでリフォーム代は出すからさ!」「俺もお前も今より通勤時間が短くなるし、いいだろ?」
その夜、義母からLINEが届きました。『リフォーム費用は全額こちらで負担します。あなたには1円も出させないから安心してね』という内容でした。夫も『母さんの言うとおりだよ。お前の貯金には手をつけさせない』と続けてメッセージをくれました。
ここまで明言してくれるなら、と思った私。夫と義母を信じてリフォームと同居に同意することにしたのです。
繰り返される裏切りと、なくなった居場所
しかし、毎週末のように行われるリフォームのための打ち合わせで、私の気持ちはだんだんとそがれていきました。打ち合わせのたびに、私は仕事を調整し、義母の仮住まいで昼食を作り、業者との連絡係まで押し付けられました。
たとえば、私が希望した浴室暖房乾燥機。義実家は交通量の多い幹線道路に面しているため、外干しすると洗濯物が排気ガスで汚れてしまうし、将来子どもの衣類も心配だと説明したのですが、義母は鼻で笑ってこう言ったのです。
「そんなもの、贅沢品よ。私は何十年もここで外干ししてきたけど、何の問題もなかったわ。神経質すぎるんじゃない? 洗濯物は外に干せばいいでしょ?」
そう一蹴したにもかかわらず、次の瞬間、義母は一般家庭ではまず見かけないものを導入したいと言い出したのです。しかも、そのこだわりはいつの間にか共用部に向けられていました。
「やっぱり、エントランスは最高級の総大理石の床よね」
そのせいで、私のリモートワーク用の個室は、義母のこんな一言でなくなりました。
「私が描いた絵を飾ったり、気に入った彫刻を並べたりする観賞スペースは必須なの」
私は歩み寄ろうと「では、せめて半個室だけでも」「部屋の一角に間仕切りを設けるだけでもいいので」と譲歩しました。しかし、義母は聞く耳を持ちませんでした。それどころか、「これは家の価値を上げるための投資なの。暖房乾燥機みたいな消耗品とはわけが違うわ」「リモートでできるような仕事、わざわざ個室を持つ意味ある? ダイニングテーブルで十分でしょ」と言うのです。さらに義母は、「玄関の鍵は私も合鍵を持つわね。あなたたちがちゃんと掃除してるか、時々チェックするから」と当然のように言い出しました。2階は私たちのスペースのはずなのに、です。
「勝手に立ち入らない」と言っていたのは誰だったのか、背中が冷たくなりました。
夫は義母の肩を持つばかり。私が少しでも反論すると、「まあまあ、落ち着いてよ。母さんが費用の大半を出してくれるんだし、少しは我慢してくれよ」と私をたしなめるのです。夫が間に入って調整してくれると信じていたのに、完全に裏切られました。
こんなはずじゃなかった、こんなことだったら同居もリフォームも同意しなかったのに……。打ち合わせのたびに、夫と義母への不信感が積み重なっていきました。
確信に変わった疑い
そして、リフォーム工事が中盤に差し掛かったある夜――。
義母はその日、仮住まいからうちへ遊びに来ていました。
夕食が終わったあと、「大事な話があるの」と義母からリビングに呼び出された私。そこには夫もすでにいました。
「実は、困ったことになって……資材高騰のせいで、予算が400万円も足りなくなってしまったの」そう神妙な面持ちで切り出した義母。夫は隣でうなだれていました。
「仕方なく400万円のローンを組んだんだけど、俺と母さんの収入だけじゃ月々の返済がきつくて……」と夫が続けます。「お前の収入も計算に入れないと、返済計画が成り立たないんだ。家族なんだし、これから一緒に住むわけだし……」
夫と義母はすがるような目で私を見てきました。昨今の物価上昇には思うところがあったため、私はうなずきかけました。しかし、その瞬間、違和感が頭をよぎりました。資材高騰だけで400万円も? そして、私の脳裏にある記憶がよみがえってきたのです。
「俺の趣味部屋には、防音設備をつけることにした」と、男友だちと電話で話している夫の姿。「予算オーバーしませんか?」と私が心配したときも、義母は「あら、大丈夫よ~!」と軽く流して大理石のグレードをアップしていたこと。「せっかくリフォームするんだし、オーダーメイドの家具を注文しちゃったのよ~!」とご近所さんに自慢する義母の姿。さらには、ある日、私が仕事から早く帰ったとき、夫が義母と電話で話しているのが聞こえてきました。「母さん、大丈夫だって。あいつ、600万は持ってるから。その気にさせれば出すよ」「さすがね。じゃあ、私たちの計画通りに進めましょう」と2人で笑っていたこと。
そして、あのLINE。『1円も出させない』という約束。
これらはすべて、私がこの目で見たものです。その光景を思い出した私は、すべてが繋がりました。資材高騰ではなく、義母と夫の贅沢が原因だったのです。
「……やっぱり、最初から私のお金が目当てだったのね」
そう言うと、夫は一瞬視線を泳がせました。
「最初はそんなつもりじゃなかったんだ。でも、せっかくなら……ってやっていくうちに、予想よりもお金がふくらんじゃってさ。お前の給料とボーナスを計算に入れたら、理想の家が手に入るんだよ!」
その言葉を聞いて、目の前が真っ暗になりました。夫も義母も、「お金の心配はしなくていい」「1円も出さなくていい」と言っていたのに……。
本当は、最初から私のお金をあてにしていたのでしょう。そうでなければ、立派な大理石も、オーダーメイドの家具も入れられるはずがありません。
私の希望がひとつも通らない家のために、母の遺してくれた大切なお金を出さなければならないなんて、なんて馬鹿げているんでしょう。
私は「少し、考えさせて」とだけ言って、夫を置いて自宅に戻りました。そしてその足で、弁護士事務所に相談の予約を入れました。
妻の不在で崩れ去った理想の家
引越し当日の朝――。
私は、夫にこう提案しました。
「今日、新居にお義母さんが頼んだ特注家具が届くでしょう? お義母さん1人じゃ対応も難しいだろうし、あなたは先にお義母さんのところへ向かってくれる? こっちの退去立ち合いは私がやっておくから」
夫は「母さんも心細いだろうし、助かるよ。じゃあ、こっちはよろしくな!」と、何の疑いもなく、自分の身の回りのものだけを持って先に義実家へ向かいました。
そして、その日の午後――。
夫から切羽詰まったような声で着信があったのです。
「おい、引っ越し業者のトラックが着いたぞ!」
「早くこっちに来て、荷解き手伝ってくれよ!母さんも「遅いわね」って怒ってるぞ!」
「私はもう引っ越したけど?」
「は?」
一瞬、電話の向こうが静まり返りました。
「な、何言ってんだよ……」「いったいどこにいるんだよ!?」
実は夫を見送ったあと、私は別で手配していた引っ越し業者のほうに、私の荷物を運び出してもらったのです。あの夜から、私は密かに準備を進めていました。弁護士に相談し、新しい賃貸物件を契約。母の遺産である貯金通帳と印鑑、大切な書類は少しずつ職場のロッカーに避難させていました。
鍵を返却後、私は義実家ではなく、秘密裏に契約していた職場近くへの新居へと向かいました。
「だから、そっちには行かないって言ったでしょ? 最初から人のお金をあてにして、嘘をつくような人たちとは一緒に暮らせないわ」とはっきりと言った私。すると、夫は言葉に詰まり、今度は情けない声を出しました。
「……そんなの、家族なんだから、助け合うのが普通だろ。400万払わないと、うちは破産だ!」
私はかつて義母にそうされたように、鼻で笑いました。
「家族なら、最初から嘘をつかないわ。LINEで『1円も出させない』って書いたのは誰?」「私の希望が何ひとつ通らなかった家に、何の未練もありません。悪いけど、400万円どころか、1円だって払いたくないわ」
「おい! お願いだから! 今すぐこっちに来てくれ!」という夫の言葉を遮り、私は「二度と、私に連絡してこないで!」と言って電話を切りました。そして、そのまま着信を拒否。
ふう、と息を吐き出して顔を上げると、そこには私だけの城が広がっていました。1Kという狭い間取りですし、段ボールは山積みのままですが、ここには私の自由がたしかにあるのを感じました。母の貯金は、1円も動かしていません。
その後――。
夫と義母は、私の収入をあてにした返済計画が完全に頓挫し、2人だけで400万円ものローンを抱えることに。夫は本業と深夜の倉庫バイトを掛け持ちし、義母も膝の痛みを抱えながらスーパーのバイトを始めた、と知人から聞きました。
私が逃げ出した直後、義母はあちこちで私の悪口を言って回っていたそうです。しかし、それはかえって「嫁に逃げられるような事情がある家」という認識を招く羽目に。近所でも遠巻きにされているそうです。
現在、私は弁護士の力を借り、離婚調停を進めています。夫は「やり直したい」と言っているそうですが、私には情のかけらも残っていません。弁護士を通じて、ただ淡々と事務的なやり取りを繰り返しているだけなので、離婚成立はもはや時間の問題だと思っています。
今回のことを通じて、「うまい話には裏がある」という言葉を再確認しました。最初の義母の提案はとても魅力的なものでしたが、実際には違和感だらけ。
あのまま義実家に引っ越していたら、お金をもっと搾取されていたかもしれないし、身体的・精神的にもすり減っていたかもしれない――あのときの決断は、間違っていなかったと胸を張って言えます。
【取材時期:2025年8月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。