褒められた直後、課長が放った言葉に愕然
プレゼンが終わった直後、部長から「よかったよ。だいぶ上手くなったね」と声をかけられました。その瞬間、これまでの努力が報われた気がして、思わず笑顔になったのを覚えています。
ところが、会議室を出た私を待っていたのは、直属の上司である課長の冷たいひと言でした。部長に褒められたことを口にした途端、「調子に乗るな」と釘を刺され、褒め言葉は「たまたま部長の機嫌がよかっただけ」「お前の実力じゃない」と切り捨てられ……。
私は言葉を失いました。課長自身も、以前は資料について「よくできている」と言ってくれていたはずなのに、今度は「資料は、な」と強調し、話し方も内容も基本ができていないと、ことごとく否定してきます。
しまいには「部長にすり寄ったんだろ」「若い女に弱いんだな」と、私の性別まで引き合いに出して侮辱してきました。私は「偏見はやめてください」と絞り出すように伝えましたが、返ってきたのは「俺はお前を認めない」「出世するには俺に認められることが必須だ」という脅し文句でした。
課長の態度が一変…理不尽な要求を突きつけられ
それからしばらくして、課長の態度は露骨に変わりました。ある日、19時を回ったころに「さっきメールでPDFを送った。確認して、今日中に資料を作れ」と命令が飛んできたのです。
定時はとっくに過ぎており、私にはもともと予定がありました。恐る恐る「明日では間に合いませんか」と聞くと、即座に「ダメだ」という返事。
さらに信じられなかったのは、課長自身が「部長たちと飲みに行く」と言い放ったことです。私にだけ無理難題を押し付け、自分は飲み会へ。私は予定をキャンセルし、黙って残業を選びました。けれど心の奥では、何かが音を立てて崩れ始めていました。
体調不良でも休めない…「たかが腹痛だろ」
無理な残業が続いたある朝、激しい腹痛に襲われました。やっとの思いで休みたいと連絡すると、課長は「たかが腹痛」「薬を飲んで来い」「体調管理も社会人の基本だ」と、私の苦しさを笑い飛ばしました。
さらに「休んだらもう出世できないと思え」「不満があるなら辞めろ」と突き放され、私は怖くなってしまいました。休むことで未来を奪われるのが嫌で、そして何より、課長の「出世できない」という脅しが頭から離れず……。
結局その日、私は痛みに耐えながら出社しました。すると課長は、私の顔色など気にも留めず、「来れたってことは仮病だろ」と嘲笑い、「部長に報告する」「本社行きはなくなったな」と勝ち誇ったように言ったのです。
会社で倒れ、病名が判明…課長に連絡すると
その後も無理を重ねた私は、ついに会社で倒れ、救急搬送されました。原因は盲腸で、緊急手術が必要な状態でした。医師からは「もっと早く病院に来るべきだった」と告げられ、放置すれば命に関わる可能性もあったと説明されました。
そして課長には、体調不良を訴えていたにもかかわらず出社を求められ、その結果、症状が悪化して緊急手術に至った経緯を伝えました。すると課長は「知らなかった」「そんな重病だとは」と、しどろもどろになりました。
そして私は、もう黙らないと決めました。両親も激怒しており、父が会社に電話をしていること、電話口の相手が部長であることを伝えると、課長からは「うそだろ……」と返信が。
課長は「嫌がらせじゃない」「嫉妬していた」「邪魔しようと思った」と謝罪し、「俺が病院に行かせなかったことは言わないでほしい」と懇願してきました。けれど私は、謝られたからといって許せるものではありませんでした。
会社が調査に着手。課長と私の“その後”
私は部長に事実を説明し、会社としての対応を求めました。その結果、会社は調査に動き、課長には重い処分が下され、私にも見舞金などの補償が提示されました。
部長が配慮してくれたおかげで評価は正当に見直され、しばらくして私は念願だった本社異動の辞令を受け取りました。忙しさは増えましたが、やりがいのある仕事に携われています。
一方の課長は社内で立場を失い、最終的には退職に追い込まれたと聞きました。誰かを踏みにじって得た優位は、結局長くは続かないのだと思います。理不尽に耐え続けることだけが「頑張り」ではない――そう学んだ出来事でした。
◇ ◇ ◇
「出世」や「評価」を盾にした圧力は、パワーハラスメントに該当する可能性があります。どれほど仕事が大切でも、健康を犠牲にする理由にはなりません。違和感を覚えたときは、ひとりで抱え込まず、信頼できる人や会社の相談窓口に頼ることも大切です。自分の心と体を守る選択をしていきたいですね。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※一部にAI生成画像を使用しています。