不妊と決めつけられ離婚⇒数年後、真実を告げた結果

私は20代で夫と結婚しました。結婚当初は穏やかで、笑いの絶えない幸せな毎日でした。けれど、結婚して3年ほど経ったころから夫の口からは冷たい言葉が出るようになり、つらい日々が始まりました。
「子どもができないのはお前のせいだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられました。不妊の原因は女性だけとは限らないと何度伝えても、夫は聞く耳を持たず、そのうち言い返す気力もなくなりました。
不妊の原因は、夫!?
それから夫は、飲み会や出張を理由に帰宅が遅くなり、家にいてもスマホをいじってばかり。私の存在など、見えていないようでした。話しかけても、そっけない返事をするだけ。そんな夫の背中を見ながら、少しずつ心が離れていくのを感じていました。
子どもができれば、何か変わるかもしれない……そう思った私は、私は不妊治療のクリニックを受診しました。検査の結果、私の体には何の問題もありませんでした。
「不妊の原因は、ご主人にあるかもしれません。一度検査にいらしてください」
医師の言葉を聞き、安堵と同時に、深い虚しさがこみ上げてきました。この事実を夫に伝えるべきか悩んで、ずっと言えずにいました。そんなある日、仕事から帰宅すると、見知らぬ若い女性が家にいました。夫は女性の腰に手を回し、冷たい目で私を見ながら言いました。
「俺は子ども欲しいから、離婚しようぜ! こいつと再婚して、子どもを産んでもらうから」
思わぬ事態に、一瞬息が止まりましたが、涙は出ませんでした。
――ああ、もうこの人のことを愛していない。
そう、静かに悟りました。
私は荷物をまとめて、実家へ帰ることにしました。
その後、離婚。夫の不倫が原因だったため、慰謝料もきちんと支払われました。
元夫と久しぶりに再会したら
離婚して間もなく、私は再び恋をしました。やさしくて誠実な人と出会い、再婚。まもなく、自然に子どもを授かりました。夫と娘、家族3人で過ごす毎日は穏やかで、静かな幸せに満ちています。小さな笑い声や寝息に包まれるたびに、過去の傷が少しずつ癒えていくのを感じました。
そんなある日、娘と散歩をしていると、道の向こうから見覚えのある姿が見えました。
すっかりやせこけて、別人のようにやつれた元夫でした。彼は私を見るなり近づいて来て「お前……その子、俺の子どもだろ? やり直そう!」と言いました。
「私、再婚したの。この子は今の夫との子だよ。あのとき医師に言われたのよ、私には問題ないって。不妊症の原因はあなただと思うよ」
彼の顔は一瞬で真っ青になりました。そのあと、ぶつぶつ独り言を言いながら、去って行きました。
私はあのとき、元夫との再構築をきっぱり諦め、過去を手放す決断をしたからこそ、いまの幸せがあるのだと感じています。もう振り返ることはありません。
◇ ◇ ◇
妊娠というデリケートな問題を理由に、妻を責め続け、向き合うことから逃げた夫。思いやりも覚悟も欠いた言動は、関係を壊すには十分すぎるものでした。人を傷つけて守った“自分の都合”は、結局なにも守ってはくれないのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
妊活中のつらさは、体の問題だけではありません。期待と落胆を繰り返すなかで、いちばん支えになってほしい相手の言葉や態度が、心を削っていくのかもしれません。
続いては、妊活という繊細な状況の中で、相手の気持ちを顧みず、自分の都合や価値観だけを押し付けていったことで、関係が静かに壊れていくエピソードです。無自覚な言動が、どれほど深い傷になるのかが浮き彫りに……。
義母からの孫ハラで10円ハゲ……。お望み通り離婚した結果

結婚して2年。結婚を機に義実家で義母と同居しているのですが、その義母から妊娠を執拗に望まれ、私は心身ともに追い詰められています。妊娠に良いとされるいろいろな方法を強要され、ストレスのせいか10円ハゲができてしまいました。
不妊検査をしても異常はなく、病院に通い、医師のアドバイスにもきちんと従って生活しています。それでも、やはりなかなか妊娠できず……。
そんな私を見て、義母は「やっぱりあなたに問題があるのよ」と決めつけてきます。「役立たずの不妊の嫁」と暴言を吐かれ、夫にもいろいろと吹き込み、今では夫も不妊は私のせいだと思い込んでいます。
先日は「嫁の役割もまともに果たせないのか」と夫に言われ、本当にショックでした。結婚当初は、そんなことを言う人ではなかったのに……。
義母に離婚を迫られて…
ついに義母は我慢の限界に達したようで、ある日突然、私に離婚を迫ってきました。
「不妊嫁のせいで孫の顔が見られないなんてイヤ」
「息子と離婚してあげて」
子どもを産めない私に用はないから出て行けと言う義母。離婚には夫も了承していると言われました。こんな生活、私だってもう限界……。
「いいですよ! 1人で育てますので!」
義母に出て行けと言われ、素直に従うことにした私。しかし、ちょうど妊娠がわかったタイミングでした。飛び跳ねたいほどうれしかったのですが、同時にこのまま義母と夫と子どもを育てることに疑問を感じていたのです。
きっと義母からは必要以上に育児に干渉され、教育にも義母の考えを強要されるだろう……それに義母の言いなりの夫も助けてはくれない。この子の幸せを守るためにはどうすべきかと考えた結果、ひとりで育てようとすでに決意していました。もう実家の両親に出戻る了承も得ていて、あとは離婚を切り出すだけだったので、義母のほうから離婚を迫られ、むしろ好都合でした。
「え?」
私の言葉を受け、どういうことかと慌てる義母。私が妊娠したと知り、離婚話を取り消そうとしてきました。そして今度は、あの手この手で離婚させまいとするのですから、ふざけた話です。
実家に戻ると話すと、「身重の娘が急に帰ってきたら、あなたのご両親も戸惑うでしょう?」と、気遣うフリまでしてきました。しかし、お気遣いは不要。孫の催促と嫁いびりで疲れたと相談したら、すぐに帰ってこいと両親は言ってくれたのです。
それを聞いた義母は、「嫁いびりですって? ただ妊活に協力しただけよ!」と声を荒げました。あれだけ毎日のように夫とともに私を罵倒し、追い詰めてきたというのに、聞いてあきれます。
歩み寄らない私の態度に業を煮やした義母は、「あっそう! じゃあもういいわよ! どこにでも行け!」とブチギレ。「すぐに新しい奥さんをもらうから、あんたの子なんかいらないわよ。あんたの血を引く子なんてかわいがれないものね」と、義母は最後にここぞとばかりに嫌みを連発。何も言い返す気になれず、私は家を出ました。
無事に出産し、穏やかに過ごしていると…
実家に戻った私は、さっそく弁護士に相談。夫とは後々、親権や面会のことで争わないように、養育費は求めない旨などを記した合意書を交わし、離婚しました。
その後、両親に支えられながら穏やかな妊婦生活を経て、無事に娘を出産した私。両親だけでなく、近所に住む親戚まで総出で娘をかわいがってくれています。
そんなある日、元義母が突然実家に電話をかけてきました。スマホの連絡先は離婚の際にブロックしていたので実家へ連絡してきたのでしょう。登録されていない番号だったため、誰だろうと思いながら私が電話に出ると、聞き覚えのある声に思わずゾッとしました。電話口の声で元義母も私だとわかったのか、開口一番に「息子と復縁しない?」と……。
聞くと元夫、離婚してすぐに病気が発覚し、その影響で子どもを授かれない体になってしまったのだとか。今さらそんな身の上話をされても、私にはもう関係ありません。そう伝えると、「1度は夫婦だった相手なのに同情しないのか」と逆ギレされました。
そして、「孫を抱くのが私の夢なのよ。子どもを授かれないのに新しい嫁をもらっても仕方ない。こうなったら、あなたしか私たちを助けられる人はいないでしょう?」と言ってきたのです。
過去の私への態度を謝るでもなく、自分の都合を押し付けてくる元義母。私の子なんていらない、かわいがれないと言っていたのに、「すべてなかったことにして、戻ってきてちょうだいよ。お願い、孫を返してちょうだい」と言われました。交わした合意書のことを忘れたのでしょうか。私はすべてをお断りし、実家へももう連絡しないでほしいと告げ、電話を切りました。
もう会わないって決めましたよね?
金輪際会わないと決まったあの日、元義母も承知の上で、元夫はこの子とは一切関わらないと、合意書にサインしたのです。それを今さら……。
病気でつらい思いをしている人を悪く言いたくはないですが、さすがに同情する気持ちになれませんでした。もちろん、あの家に戻る気にもなれません。
あの連絡以降、元義母からは何度か電話がかかってきましたが、母が私に代わってビシッと言ってくれました。これ以上しつこくするなら法的手段に出ると伝えたことで、連絡がくることはなくなりました。
今、私たち親子は、周りの人たちのおかげでとても幸せに暮らしています。思いやりを持って私たちに接してくれる、家族や親戚、ご近所さん。そんな温かい周りの人たちを大切にして、これからも娘の幸せのために母として尽くしたいと思います。
◇ ◇ ◇
「いらない」と言ったのに、状況が変わって「返せ」と迫る元義母。身勝手なうえに、孫をモノとして扱うような言葉。わが子の幸せを第一に考えて離れたのは、すばらしい決断だったのではないでしょうか。ひどい元夫や元義母から守った娘さんが、温かい人々の中で幸せにあふれ、すくすく成長することを心から願っています。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回の2つのエピソードに共通していたのは、妊活という繊細な状況の中で、相手の心よりも「自分の都合」や「自分の価値観」を優先してしまったことでした。
言葉に悪意がなくても、配慮がなければ人は深く傷つきます。プレッシャー、無理解、押しつけ――それらが積み重なった先に待っているのは、「もう一緒には歩けない」という現実です。一方で、妊活に限らず、こうした局面でこそ問われるのは“思いやりを行動で示できるかどうか”。思いやりを手放した人間が迎える結末は、想像以上に現実的で、決して軽いものではありませんでした。