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「両親みたいな夫婦にはなりたくない」不仲な二人を否定していた私が、三十路を過ぎて悟った意外な真実

私は、両親が特別仲良しだと感じたことのない家庭で育ちました。だからこそ結婚するなら、愛情を言葉にして分かち合える相手と、と強く思っていました。けれど30代になった今、ふと気付いたのは、かつて見ていた両親の姿と重なる自分自身でした。

 

仲良しに見えない両親

私の父は出張が多く、家にいないことが珍しくありませんでした。母も、父がいないことを寂しいと言うでもなく、帰ってきたときにうれしそうにするでもありませんでした。物心ついたときから大人になるまで、2人が仲睦まじくしている姿を見た記憶はほとんどないのです。

 

それでも家は回っていたし、私自身は育ててもらったという実感があります。けれど当時の私は、「ああはなりたくない」とどこかで思っていました。夫を大事に思い、一緒にいられることを喜び、離れるのが寂しいと言える関係。それが結婚だと信じていたからです。

 

理想の結婚のはずが

私は運命の人に出会い、理想どおりの結婚をしたと思っていました。恋人のころはラブラブで、この人となら違う夫婦になれるとたしかに感じていました。

 

けれど子どもが生まれ、30代になったころ、少しずつ違和感が芽生えてきました。夫は子育てへの関心が薄く、私自身を大事にしてくれているという感覚も持てなくなっていきました。最初は寂しさだったその気持ちは、いつしか通り越してしまったような感覚に変わったのです。

 

私が一生懸命愛情を注いでも、夫はそれを受け取らない。喜びもしない。まるで霧の中にいるような、手応えのない日々でした。

 

 

親と同じ場所に立つ

それでも子どもがいる。嫌い合っているわけでもない。このままなら、このままでもいいかな、と思う自分がいました。

 

そんなとき、ふと両親の姿が頭に浮かびました。私が見ていたのは、仲睦まじい夫婦ではありませんでした。でも2人は、ひとつの家庭を維持し、子どもを育て上げていました。それはごく一般的で、静かな形の夫婦関係だったのかもしれません。

 

今、子どもたちが育ち、両親はそれぞれの趣味の時間を楽しんでいます。一緒に旅行に行くような関係ではないけれど、それぞれの人生を生きているように見えます。

 

まとめ

若いころに否定していた両親の夫婦像。同じ場所に立ってみて初めて、波風を立てずに家庭という舟を漕ぎ続ける難しさと、その尊さに気付きました。 あふれるような愛情表現はなくても、静かに年を重ねていく。そんな結婚の形があってもいいのだと思えたとき、私はようやく自分自身の人生を、肯定して歩み出せた気がします。

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※AI生成画像を使用しています

 

著者:高橋美咲/30代女性・主婦

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年1月)

 

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