里帰り中、義実家の状況に変化が…!
ある日の夕方。夫から体調を気遣う電話がかかってきました。私は元気なことを伝え、素直な気持ちも口にしました。「里帰りを反対されていたのに、送り出してくれてありがとう。こうしてゆっくりできるのは、あなたのおかげだよ」
夫はきっぱり言いました。「そもそも母さんたちに決める権利はないからな」さらに驚いたのは、私がいなくなってからの話です。義母が「家事が嫌だ」と言い出し、夫が家事代行サービスを手配したというのです。
「……そうなんだ」と返す私に、夫はどこか苦い声で続けました。「それを今まで嫁に押し付けてたのは誰だって話だよ。里帰りから帰ってきても何もしなくていい。代行を続けようって言っておく」
続けて夫は、「そもそも同居は2年って期限付きだったろ。出産して少し経てば、同居も終わるんだから」と言いました。私は少しホッとしました。赤ちゃんを育てながら、義母の求める“完璧な家事”なんて到底できない――そう思っていたからです。夫は最後に、「もし何か言われたらすぐ俺に言って」と約束してくれました。
義母の「跡取り」発言にゾッと…!
それから1週間ほど経った昼下がり、義母から電話がありました。最初は形式的に「おなかの子は順調?」と聞かれます。私が「お医者さまからも順調と言われています」と答えると、義母は安堵するでもなく、すぐに“いつもの調子”に戻りました。
「あなたのおなかの子は“うちの跡取り”なんだから。絶対に無事に産んでもらわないと困るのよ」 “跡取り”。その言葉が喉に引っかかり、私は息をのみました。義母は続けて、「息子がうちの会社を継がないって言ってるんだもの。父親の後始末をするのが、その子の役目でしょう?」と言います。
さらに義母は、「孫は跡取り候補として育てたいの。小さいころから英才教育をするのよ。あなたたちにとってもうれしいでしょう?」と畳みかけました。私は必死で言葉を選びました。「教育方針は、私と夫で決めたいです。私たちの子どもですから」
すると義母の声が一段低くなりました。「はあ? 何ふざけたこと言ってるの? あなたがのんびり専業主婦でいられるのも、私が息子を立派に育てたからでしょう?」私は言い返せず、「はい……」とだけ答えてしまいました。その瞬間、義母が待ってましたと言わんばかりに切り出したのです。
子どもの名前を、義母が決めていて…
「それとね、おなかの子の名前なんだけど、もう決めてあるから」私は頭が真っ白になりました。「す、すみません……名前は、生まれてから顔を見て、私たちで決めようと思っていて……」精いっぱい丁寧に伝えたつもりでした。でも義母は苛立ちを隠しません。
「何が気に入らないの? 普通の名前でしょう?」義母が考えた名前は、夫の名前に「郎」を足したものでした。さらに義母は言います。「息子は優秀だけど、性格に問題があるの。孫は“息子の2号”として育てるつもりなのよ。息子ができなかったことをしてもらう子なの。代わりみたいなものよ」
背筋が冷たくなりました。この子は、誰かの“代わり”じゃない。会社の道具でもない。「代わりという考えはやめてほしいです。息子には息子の未来があります」
震える声でそう言うと、義母は怒気を強めました。「あなた、どれだけ姑の私に口答えするつもり?」そして最後に、こう言い捨てたのです。「あなたは子どもを産むだけでいいの。後のことは私たちに任せなさい」電話を切ったあと、私はしばらく動けませんでした。
出産直前、夫から驚きの連絡が…!
それから数週間後――出産予定日まであとわずかという夜。夫から、珍しく緊迫した声で連絡が来ました。「驚かないで聞いてほしい。子どもが生まれたら、里帰りしたまま帰ってくるな。悪いけど、うちで子どもと一緒には暮らせない」
私は耳を疑いました。「どういうこと……? もう出産予定日は3日後なんだよ。もしかして、お義母さんたちに何か言われたの……?」
夫は静かに答えました。「母さんたちから直接は何も言われてない。でも今日、家事代行の人から聞いたんだ。母さんたちが、俺たちの子を奪う計画を立ててるって」――私たちの子を、奪う?
夫が聞かされた内容は、想像をはるかに超えていました。私が里帰りから戻ったら、同居の期限まで“徹底的に注意して家事をさせる”。精神的に弱らせ、育児ができない状態になれば、義父母のほうで子どもを育てられるかもしれない――。「そんな……」言葉が出ませんでした。
出産後、帰らずにいると義母から…
私は、義母の“跡取り”への執着を思い出しました。夫は「ごめん。同居そのものが間違いだった。2年同居すれば俺たちのことを認めてくれるって言われたけど、認めてもらう必要なんてなかった。本当にごめん」と言いました。
出産後、私はしばらく実家で静かに暮らしました。そして約2カ月後。義母から「いつになったら戻るの? 連絡を無視するなんて反抗的」と電話がかかってきたとき――電話に出たのは、夫でした。
「妻は家政婦じゃない」「俺たちはもう、その家に戻らない。必要な荷物は全部運んだ。母さんたちとは暮らさない」義母は錯乱し、「同居を勝手にやめるの!?」「親子の縁を切るなんて!」と叫びます。さらには「じゃあ孫を渡しなさい! 夫(義父)に逃げられたと知ったら大変なことになる」とまで言いました。
夫ははっきり言いました。「無理だよ。そんな考えでいるうちは、子どもと関わらせる気はない」そう言って通話を終わらせました。その後、義両親は血眼になって私たちを探したそうです。けれど私たちは、しばらく日本でひっそり暮らしたのち、夫の転職先である海外へ移りました。私にとっては、家族を守るための選択でした。
しばらくして、義父の会社の経営が悪化し、大変な状況に陥っていることを知りました。義両親がこの先どうなるかはわかりません。あの日、戻らないと決めた自分を――私は間違っていなかったと、心から思っています。
◇ ◇ ◇
義家族との問題は、夫婦どちらか一方が我慢するだけでは解決しません。今回は夫が現状を理解し、自分の両親とはっきりと線を引いたことが大きな転機になりました。家族を守るために必要なのは、血縁よりも「誰とどう生きていくか」を選ぶ覚悟。夫婦が同じ方向を向くことが大切なのかもしれませんね。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。