しかし引っ越し前日、夫は私に「当日は母さんも来るから。その後引っ越しのお祝いに、旅行へ行く予定だ」と言いました。夫の会社では『引っ越し休暇』というお休みが取れるのですが、それをあてて旅行に出かけると言うのです。
せっかく建てた新居を留守にしてまで旅行に出かける必要性が私には感じられません。それに義母は「夫より稼ぐ嫁なんてかわいげがない」と私を目の敵にしている人で、一緒に旅行に行くのは憂うつです。
旅行を渋る私に対し、夫は「親子なんだから仲良くしろよ」と笑うばかりで、私の不安をまともに取り合おうとはしません。夫の無神経さに言いようのない違和感を覚えつつも、私は重い気持ちのまま引っ越しの準備を進めるしかありませんでした。
夫のサプライズ
引っ越し当日、新居に現れた義母は、お祝いに来た客の荷物量ではありませんでした。トラック一杯の荷物を運び込もうとする姿に、嫌な予感しかしません。
「今日から母さんと同居だよ。サプライズ、驚いた?」夫が放ったその言葉に、私は耳を疑いました。私への相談は一切なく、いずれ子ども部屋にしようとしていた1部屋を義母の部屋にするそうです。
そんな話、受け入れられるわけがありません。頑なに拒む私に、夫は怒りの表情を浮かべて言いました。
「母さんとの同居は俺の長年の夢だったんだ。せっかく家を建てたんだから、叶えて何が悪いんだよ。もし同居が嫌だって言うなら、お前が出て行けばいいだろ? お前がいなくなっても俺たちは困らないんだからさ」
私の独身時代の貯金で建てた家だと主張しても夫は聞く耳を持たず、「稼いでいるアピールが鬱陶しい」と吐き捨てるだけ……。結局、彼らは私に片付けを押し付けて、意気揚々と引っ越し祝いの旅行へと出かけていきました。
妻の逆襲
一晩中泣き明かした後、私は決意しました。私の人生をかけた家を、こんな理不尽な形で乗っ取られるわけにはいきません。私は早朝から動き出し、弁護士の元へ相談に向かったのです。
この家は私の独身時代の貯金のみで購入した「特有財産」であり、夫婦の共有財産には当たりません。所有者である私には、完全な売買の決定権があるのです。
私は不動産業者と「即時買取」の契約を結びました。数日で手続きが進むため、夫たちが戻るころには法的に「売却内定」の状態にできたのです。
彼らが旅行を満喫している間に、私は引っ越しの荷物とともに実家へ避難しました。義母と夫の荷物は近所のコンテナに入れておいたので、旅行から戻った夫は空っぽの家を目にすることでしょう。
旅行帰りの夫に突きつけた現実
旅行から戻る日、夫は私に連絡をよこしました。「頭を冷やしたか? 家に戻りたいなら、母さんと俺に土下座して謝れ!」と、電話越しの夫は相変わらずの態度です。
私は、できるだけ感情を押し殺した声で告げました。「残念だけど、離婚届を用意した。それからあの家、もう売却したから」
「は? 何言ってんだ、俺の家だぞ!」と叫ぶ夫。私は淡々と事実を突きつけました。夫たちが帰る場所はもうどこにもありません。
夫はパニックに陥りました。義母はすでに以前の住まいを引き払っており、私たちが引っ越し前に住んでいた家も明け渡しが済んでいます。
「どこで寝ればいいんだ!」と逆上する夫に、私は言いました。「嫌なら出て行けって言ったのはあなたよね? その言葉通り出ていっただけ!」
夫の末路
夫は「なんでもするから一緒に生活させてくれ」と、これまでの威勢が嘘のように泣きついてきました。しかし、踏みにじられた信頼が元通りになるはずもありません。弁護士を介した協議を経て、私たちは正式に離婚が成立しました。
家を失ったふたりに残されたのは、わずかな分与金と、誰も保証してくれない不安定な未来だけです。
今回のマイホーム購入と売却により、私の手元に残る資金は減ってしまいました。痛い出費でしたが、勉強代と思うことにしています。新たな夢のマイホームのためと思うと、仕事も頑張れる気がしています。
◇ ◇ ◇
マイホームは多くの人にとって一生に一度の大きな買い物です。新しい生活への期待に胸を膨らませていたはずの場所が、一転して争いの場になってしまった心中を思うと、胸が痛みます。
特に「同居」という生活環境が激変する決断を、パートナーに相談もなく独断で進めることは、信頼を根底から壊してしまう行為です。これからの人生を共にする家だからこそ、お互いが納得できるまで話し合い、丁寧に歩み寄るプロセスが何よりも大切だったはずです。
「大切なことほど、まずは一番身近なパートナーに相談する」。そんな当たり前だけれど、とても重要な思いやりの気持ちを、忘れないようにしたいものですね。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。