義母に誕生日プレゼントを渡したら…
玄関先で義母は箱を見るなり、眉をひそめました。「なにこれ? 誕生日プレゼントってこと?」私は慌ててうなずき、「夫から好物を聞いて、すき焼きセットにしました。お口に合うといいのですが……」と説明しました。ところが義母は、感心するどころか鼻で笑うように言ったのです。
「ふ~ん? 私に媚びを売ろうって魂胆が見え見えね」と、平然と言い放ちました。私は言葉を失いました。「そんなつもりは……」と否定しても、義母は止まりません。
「いくらすり寄っても、私はあんたのこと認めないからね。結婚して2年も経つのに、まだ孫も産めてない。かわいい息子を横取りした女を受け入れるなんてできないわよ!」
さらに義母は勝ち誇ったように続けました。「勘違いするんじゃないわよ?なんだかんだで、息子が一番愛してるのは母親である私だもの。あんたがどんなに出しゃばろうとも、所詮私には敵わないのよ」私は、ただ曖昧に息を吐き、「……そうですか」と返すのが精一杯でした。
突然「同居したい」と言い出した義母
翌日、夫はいつもの軽い調子で「先輩に誘われたから飲みに行ってくる。明日も仕事だから早めに帰ってきたいんだけどな~」と言いました。私は「お疲れさま。大変だね」と送り出し、いつも通りに振る舞いました。
夫は社交的で、飲み会もきらいではありません。むしろ、みんなでワイワイするのが好きなタイプです。ただ、出かける直前にふと、夫が探るように言ったのです。
「そういや、母さんと何かあった?」私は一瞬、呼吸が止まりました。「え、なんで?」と聞き返すと、夫はあっさり答えました。「いや、母さんがいきなり同居したいって言い出したからさ。2人だけの暮らしが心配だとか何とか」
胸の奥がざわつきました。私は本音を飲み込み、「親心じゃない? 何歳になっても息子のこと心配なんだよ」と笑ってみせました。夫は最後に、「何かあったら遠慮なく言って」とも言ってくれました。……それでも私は、言えませんでした。昨日あれだけの言葉を浴びたなんて、言ったら夫を困らせる気がしたからです。
1年後、義母から「同居の件は?孫は?」
それから1年。義母からの連絡は、徐々に“しつこいもの”へ変わっていきました。義母は、「同居の件はどうなってるのよ? こっちは早く息子と一緒に暮らしたいんだけど!」
私は何度も伝えてきた言葉を、もう一度繰り返しました。「今のところ、同居するつもりはありません」義母は聞く耳を持ちません。「息子は私と同居することに前向きに決まってる」と叫びます。
そして話題は、また“孫”へ。「孫はまだなの? 早く不妊治療しなさいよ。まったく、ノロマで使えない嫁ね!」私は、静かに言いました。「孫なら……もう生まれましたが」義母が固まり、「は?」と聞き返します。「2カ月前です」
義母は驚愕し、「妊娠したことすら知らなかった! なんで言わないの!?」と詰め寄ってきました。私は、これ以上ごまかすのをやめました。「夫に、言わなくていいと言われたので」
私ははっきり伝えました。「夫が言ったんです。お義母さんとは徐々に距離を置いて、いずれ縁を切ろうって。だから、孫ができたことも言わなくていいと」義母は信じず、「嘘つかないで!」と叫びました。私は、淡々と返しました。「嘘だと思うなら、確認してみたらどうですか?」
これまでの義母の言動を夫に話した結果
義母はすぐに夫へ連絡しました。「嫁が変なこと言ってたのよ! 私と縁を切ろうとしてるなんて、嘘よね? あなたがそんなこと言うはずないもんね?」
けれど夫の返事は、あまりにもあっさりしていました。「いや、本当だけど」義母は動揺し、「どうして……」と声を震わせます。すると夫は、核心に踏み込みました。「俺の妻をいびってたろ。だからだよ」義母からの電話に出なかったら出ないで嫌味を言われる、そんなことが続いたとき、夫が何かを察したようで……私は夫に義母から言われたことをすべて打ち明けたのです。
そして、義母の“自信”を根こそぎ崩す言葉を重ねました。「俺、母さんのこと毒親だと思ってる」夫は、ずっと飲み込んできた気持ちを語り始めました。奨学金を借りてでも進学したかったこと。けれど「働け」と言われたこと。「働いたお金を家に入れろ」と言われ、それが結婚してからも続いたこと。
「でも◯◯(私の名前)と出会って、何もかもが良い方向に転がった。もがいてる俺の手を引いて、泥沼から出してくれた。俺の恩人だよ」義母は、呆然としていました。反抗期すらない“いい息子”だと信じていたのに、実は“反抗しない”のではなく、“反抗したらもっと面倒になる”から黙っていただけだった。
夫は、決定事項として告げました。「妻に害が及ぶなら話は別。もう絶縁するし、許さない。同居の話も白紙な」
義母から届いた「反省する」のひと言
翌日、義母から私にメッセージが届きました。「お願い!返信して! このまま今生のお別れなんて嫌よ!」「反省するから! 縁を切るのだけはやめて!」「息子を失ったら私は天涯孤独になってしまうの!」
私は、静かに返しました。「息子さんの言葉がすべてです」義母は「友だちも親族もいない私を見捨てるの?」と泣き落としのように言いました。けれど、その言葉は逆に、義母がどれほど息子に依存してきたかを示すだけでした。
私は、言うべきことを言いました。今まで私は何度も歩み寄ろうとしたこと。拒絶し続けたのは義母のほうだったこと。最後に義母は、「どうか許して。誠心誠意謝るから」と懇願しました。けれど私は、はっきりと終わりを告げました。「和解の道はありません」
溺愛していた息子に距離を置かれた義母は、すっかり気力を失い、家は荒れ放題になっている――そんな話も耳にしました。一方で私たちは、赤ちゃんを迎え、家族として新しい生活を始めています。わが子はかわいい、でも依存しないようにしよう……義母を見てそう思っています。
◇ ◇ ◇
結婚や出産をきっかけに、義実家との距離感に悩んだ経験がある人も多いのではないでしょうか。今回は義母の言動を我慢し続けるのではなく、事実をきちんと共有し、夫が主体的に線を引いたことで、新しい家族の生活が守られました。家族だからこそ、あえて距離が必要な場合もあります。無理にわかり合おうとせず、自分たちの心と暮らしを守る選択をしてもいい――ということを心に留めておきたいですね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。