蕎麦屋を継いで10年―妻から突然の通告
蕎麦職人になって10年。毎朝4時に起きてだしを取り、粉を打つ日々。その努力が実り、店は連日満員になっていました。しかし、店が軌道に乗り、利益が出るようになった途端、妻と義母の態度が急変したのです。
ある日の閉店後、妻がニヤニヤしながら男を連れてきました。それは、妻の幼馴染で、定職にも就かずフラフラしているA男でした。
「ねえ、もうあんたは用済みだから。明後日から店長はA男くんにお願いすることにしたわ」
「えっ…どういうことだ?」
私は耳を疑いました。義母も加勢し、「あんたはこだわってばかりでお金がかかりすぎるんだよ。A男くんなら安く働いてくれるし、何より若くてイケメンだから客も喜ぶだろ?」と鼻で笑います。
「荷物をまとめて出て行って」―突然の追放宣言
「蕎麦打ちはどうするんですか? 彼は素人でしょう?」私が食い下がると、妻は面倒くさそうに手を振りました。
「そんなの、今は機械があるんだからそれを使うから。明日と明後日は定休日でしょ。さっさと荷物まとめて出て行って」と言い、A男も「おっさん、悪いね。あとは俺がうまくやるからさ」と勝ち誇った顔で私を見下しました。
私は悟りました。この人たちには何を言っても無駄だと。10年間の恩を仇で返された悔しさはありましたが、不思議と心は軽くなっていました。
私は粉を仕入れている業者など関係者に連絡し、そして、「わかりました。今までありがとうございました。頑張ってくださいね」と怒りを押し殺し、笑顔で荷物をまとめて店を去りました。
その後、妻からの鬼電「どうなってるの!?」
家を出て2日後、私は新しい生活の準備をしていました。すると、昼近くにスマホが震え始めました。画面には「妻」の文字。無視していると、次は義母から着信が。あまりにしつこいので電話に出ると、妻の絶叫が響きました。
「ちょっと! どうなってるのよ! 業者が蕎麦粉を置いていかないじゃない!」
「ああ、それは当然だね」私は冷静に答えました。「あの蕎麦粉は卸売業者の社長さんが『君の蕎麦への情熱に惚れた』って、特別価格で卸してくれてたんだよ。僕がいなくなったなら、取引する義理はないってことじゃないかな」
妻は「はあ!? そんなの聞いてないわよ! 今すぐ電話してなんとかしてよ!」と言いますが、私は 「無理だよ。社長には一昨日、退職の挨拶とあわせて事情も全部話しておいたから。『そんな不義理な連中の店には一粒も売らん』って激怒してたよ」と伝えました。
蕎麦粉が手に入らない…その後、店は―
すると、電話の向こうから、A男が「粉がないならスーパーで買ってくればいいだろ!」と吐き捨てるように言い放つ、あまりにも無責任な声が聞こえてきました。そんなことをしていれば、常連客にすぐバレると思うのですが……。
元妻は「お願い、やっぱり戻ってきて! 店が回らないの!」と泣きついてきましたが、私はきっぱりと告げました。
「君たちが選んだ“イケメン店長”と頑張ればいい。俺はもう自分の店を持つ準備で忙しいんだ。二度と連絡しないでくれ」私は電話を切りました。そして後日、正式に離婚が成立しました。
後日談ですが、店は悪評が広まり、あっという間に潰れたそうです。借金だけが残り、妻と幼馴染は責任を押し付け合って泥沼だとか。一方の私は、かねてからの夢だった自分の店をオープン。かつての常連客たちが「待ってたよ!」と食べにきてくれています。
◇ ◇ ◇
長年築いてきた努力や信頼を軽んじ、不義理を重ねれば、その代償はいずれ自分に返ってくるもの。目先の利益にとらわれず、支えてくれる人への感謝を忘れないことの大切さを、改めて感じさせられるエピソードですね。
【取材時期:2026年2月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。