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義母の葬儀中に私「帰ります…あとは義母の日記を見て」夫「は?」キレた夫が翌日、号泣謝罪することに

義母が救急搬送されたのは、夫の出張中のことでした。義母は意識こそあるものの、医師からは「今は落ち着いていますが、覚悟はしてください」と告げられました。夫に状況を伝えると……。

義母が転落し緊急搬送…でも、なぜ2階に?

夫は電話口でひどく取り乱し、「母さんが大変なときにそばにいられないなんて」と自分を責め始めました。せめて1時間後の便が取れたことを前向きに捉えてほしいと伝え、「ひとまず私が付いているから安心して。何かあったらすぐに伝えるから」と落ち着かせました。

 

けれど――私の中には、どうしても消えない引っかかりがありました。

 

義母が転落したのは階段でした。しかし、義母の部屋は1階にあり、ふだん2階へ上がることはほとんどありません。私は以前から、夫がいないときの義母の当たりが強いことや、細かな嫌がらせを受けていたことを夫に伝えていました。

 

「もしかしたら、何か嫌がらせをしようとしていたのかな」そう口にした瞬間、夫の声色が変わりました。

 

「ふざけるなよ。そんな幼稚なこと、母さんがするわけないだろ」「妄想がひどいんじゃないのか?」……言葉を失いました。それどころか夫は、「そもそもの問題は、お前が家にいなかったからだ」と責め始めたのです。義母が倒れたとき外出していたことをとがめ、「どこに行っていたんだ」と詰め寄ってきました。

 

義母が倒れたことで私を疑い始める夫

私は、義母に頼まれた“お使い”の内容を説明しました。隣町のお菓子を買うこと、郵便局での用事、そして「帰りにお気に入りの弁当を買ってこい」という指示まで。すると夫は、信じられない言葉を重ねてきました。

 

「わざと発見を遅らせたんじゃないのか」
 「このまま母さんが逝ったら、お前のせいだ」

 

言いようのない胸騒ぎがしました。私はすぐに救急車を呼び、必死に対応してきたのに。関係がうまくいっていなかったとしても、義母が倒れてショックだったのは事実です。それでも夫は、私を“犯人扱い”するのです。

 

 

「八つ当たりはやめて。つらいのはわかるけど、いくらなんでもひどいよ」やっとの思いでそう伝えると、夫は少し沈黙してから「ごめん、気が動転してて……」とだけ言いました。私はそれ以上、何も言えませんでした。
 

義母が亡くなり…再び私を疑い始めた夫

それから数日後、義母は亡くなりました。葬儀の手続きに追われる中、夫は「なんでそんなにテキパキできるわけ? やっぱり悲しくないんだろ」「血も涙もない女だな」と言ってきました。

 

悲しみの形が違うだけで、私はロボットではありません。けれど、誰かが動かなければ葬儀は進みません。親戚への連絡、葬儀社との打ち合わせ、必要書類の整理……やることは山ほどありました。

 

さらに夫は、「母さんが階段から落ちたのって、お前のせいなんじゃないのか」と再び口にしました。私はレシートの日時を示し、買い出しに出ていたことを説明しました。それでも夫は「アリバイを作っているようにしか思えない」と言い、疑いをやめず……。

 

“私の話を聞く気がないんだ”――その事実が、夫との距離を決定的に広げていきました。

 

義母の葬儀当日「帰っていい?」と伝えたら…

葬儀当日。本来なら会場にいるはずでしたが、車の中から夫に「帰ってもいい?」とメッセージを送りました。電話をかけてきた夫は怒鳴りました。「葬儀中だぞ! 何を考えているんだ!」「お前は俺の妻なんだぞ! ぶち壊すなんて許さない!」


……でも、私はもう限界でした。「私がいなくても問題ないでしょう。葬儀は、お母さんが亡くなったことを心から悲しむ人のためのものだから。私には必要ない」

 

もちろん、私の行動が“正しい”と言い切れるわけではありません。けれど、夫と義母の前で、私はずっと人として扱われていない感覚がありました。嫁いびりを訴えても「勘違いだ」と片づけられ、義母が倒れたことも亡くなったことも“私のせい”にされた。そんな状況で、悲しみを感じる余裕など残っていなかったのです。


夫は「非常識すぎる」と言いましたが、私は静かに返しました。「私を非常識にさせたのは、あなたとお義母さんのせいだよ」


そして最後に、こう告げました。「お義母さんの部屋に日記があるから、見てみて」「それを読めば全部わかる。後悔するのはあなたかもしれないね」

 

 

義母の日記を読んだ夫から連絡が…私の選択は

翌日、夫から連絡がありました。声は震えていました。「ごめん……日記、見た」葬儀の前にも日記を読んでもらおうと一度声をかけましたが、夫は話を聞こうともせず、ただ私を疑うばかりでした。

 

義母が私を嫌っていることは、これまでの態度から十分に伝わっていました。けれど、日記にはそれ以上に露骨な言葉が並んでいたのです……。その日記の存在に気づいたのは、義母が入院する際の荷物を準備していたときでした。夫は「まさか母さんが」と何度も繰り返していました。けれど、私の口から出たのは、「もう、謝っても遅いから」という一言でした。

 

夫は言いました。「母さんはもういない。これからふたりでやり直そう」……昨日まで私を犯人扱いしていた人が、日記を読んだ途端に“味方の顔”をする。その軽さが、何よりも堪えました。

 

私はすでに実家へ戻っていました。これまでのことを親に話し、葬儀の途中で帰った理由も含めてすべて伝えました。すると親は「もう帰らなくていい」と言ってくれたのです。

 

夫は食い下がりましたが、私は「一番助けてほしいときに助けてくれなかった。私の人生を軽く扱った。その態度が離婚の理由だよ」と伝えました。そして最後に、「あなたにできることは、私と離婚してくれることだけ」と告げました。

 

その後、夫は実家に号泣しながら謝罪に来たそうですが、父が追い返しました。弁護士を交えても夫は離婚を認めず、最終的には離婚調停へ。私は義母の日記を写真に撮って保存し、これまで夫に相談してきたやり取りも記録として残していました。時間はかかりましたが、最終的に離婚は成立しました。


元夫からは何度かやり直したいと連絡が来ましたが、すべての手続きが終わったあと、連絡先をブロックしました。今は実家で生活しながら就職し、新しい人生をスタートさせています。我慢から解放された今、心は驚くほど軽く、のびのびと暮らせています。これからは、もう少し自分を大切にして生きていこうと思います。
 

◇ ◇ ◇

 

身近な家族の言葉ほど、「大げさに言っているだけ」「思い込みかもしれない」と、つい軽く受け止めてしまうことがあるのかもしれません。けれど、本当に向き合うべきだったのは、義母が亡くなった“あと”ではなく、生きている“あいだ”だったのではないでしょうか。大切な人であればこそ、日ごろからパートナーの声に耳を傾け、思いやりを忘れずにいたいですね。

 

【取材時期:2026年2月】

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

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    ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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