小さなズレが、山になっていく
兄夫婦は農業を営んでいて、畑に行くと規格外の野菜を分けてくれます。形は不揃いでも味は抜群で、家計的にも本当に助かっていました。兄夫婦にも支えられ、私はさらに節約に励むようになりました。特売日にまとめ買いをし、食材は無駄なく使い切り、暖房も控えめにする。派手な我慢ではなく、生活を守るための工夫。私にとって節約は、未来の安心を積み上げる作業でした。
ところが夫は、私がスーパーをはしごした日に限って、仕事帰り道にコンビニへ寄ってきます。缶コーヒーにアイス、ホットスナック、時にはスイーツや雑誌まで。本人は軽いノリで「これくらい誤差だろ!」「節約節約って……節約ばっかりじゃ息が詰まる! 少しくらい自由にお金使ってもいいんじゃない? たまには贅沢させてよ〜」と笑うのですが、レシートの束は嘘をつきません。一回は数百円でも、それがほぼ毎日になれば、家計にははっきり響いてきます。月末、家計簿を見た私は思わず手を止めました。私が必死に浮かせたはずのお金が、夫の“ちょっとだけ”で消えていたからです。
――チリも積もれば山となる。
私にとっては、安心の積み重ね。 でも夫にとって節約とは、ただ窮屈で、自由を奪われるものだったのかもしれません。
サプライズが踏みにじられた夜
そんなある日、兄夫婦が「近場に安くてすごく良い温泉宿があるんだ。いちご狩りもできるんだよ」と教えてくれました。その話を聞いた瞬間、私は「たまには贅沢したい」とこぼしていた夫のために、兄夫婦おすすめの温泉宿を予約し“サプライズ旅行”をすることに決めたのです。
それからの私は「夫が喜んでくれたらそれでいい」と言い聞かせ、自分の楽しみは後回しにしてさらに節約をするように。「これで夫も少しは笑ってくれるかな」と思うと胸が弾みました。私は夫に「◯月◯日の土日はお出かけしようね」と予定をおさえました。夫が「どこ行くの?」と聞いてきたのですが、私はそのたびに笑ってごまかしていました。
ついに旅行当日。内緒にしていた行き先に到着し、私は「実は……温泉といちご狩りだよ! 贅沢したいって言うから、コツコツ貯めて予約したんだよ!」と笑顔で伝えました。 しかし、旅館の入り口に立った夫の顔は、一瞬で引きつり「……は? なにこれ。古臭い宿じゃん。こんなとこSNSに載せても誰も羨ましがらないだろ! 節約してこれかよ。行くならもっと高級旅館だろ。格が低すぎて恥ずかしいわ」と呟いたのです。
せっかく用意した手作りのしおりを握りしめる指先が、小さく震えました。そこからの旅行は、地獄でした。夫はチェックインから食事中まで、ずっとスマホをいじって不機嫌。私が話しかけても生返事で、いちご狩りでも「これじゃない感」を隠そうともしません。そして帰宅した夜、夫は吐き捨てるように「あんな安っぽい宿に泊まるくらいなら、家で寝てたほうがマシだったわ」と言い放ったのです。
……夫が欲しかったのは、私との思い出でも、心身を休める時間でもなく――ただの“見栄”だったのです。 私の心の中で、何かがプツリと切れ「……そっか。格が低くてごめんね。今まで節約に付き合ってくれてありがとう。これからは自分のお金は自分で管理して、好きなだけ“格の高い”生活を送ってね」と告げました。節約生活から解放された夫は「やっと自由になれる!」と嬉しそうに笑い、先の不安より“自由”を喜びました。
――この人は欲しいものは我慢したくない。人から羨ましいと思われたい……。そして、生活に向き合うのが嫌なんだと確信しました。
キラキラの代償
その日から夫の生活は一変しました。駅まではタクシー、朝はコンビニ、昼は外食、帰り道にはスイーツ……。夫自身がお金の管理すると決めた以上、私は口を出すつもりはありませんでした。連休は夫はひとりで高級旅館へ。露天風呂付き客室に豪華な懐石――夜景を背にした自撮りをSNSに載せると、「すごい」「羨ましい」とコメントが並び、夫はご満悦でした。帰宅後も「やっぱこういう旅行だよな」「格が違う。これが普通の生活」と得意げに話していました。
そして1カ月後の月末。「うわぁぁぁ!? なんでこんなに引き落とされてんだよ!!」と絶叫する夫……。続けて「家賃、光熱費、保険……これ今月分!? カードの請求も来てる……うそだろ?」と言い放ったのです。 私は「生活って、そういうものだよ」とポツリ。夫は真っ青になり「これじゃお金残らないじゃん。来月どうすんの俺!?」と呟きました。私は「自分のお金は自分で管理するんでしょ?」と冷静に一言。夫は「……俺、今まで全部お前に任せきりだったんだな。キラキラして見える生活って、維持するのがこんなに大変なんだ……」と呟いたその声は、初めて現実を見た人の声でした。
私が「見せる生活と、暮らす生活は違うからね」と言うと、夫はしばらく黙り込んだあと 「今までごめん。もう一回、ちゃんと家計のこと一緒に考えてくれないか」と謝ってくれたのです。その言葉を聞いたとき、胸の奥の固まりが、ゆっくりほどけていくのを感じました。私は静かに椅子に座り、通帳を開きながら「じゃあまず、“誤差”がいくらあるのか確認しようか」と一言。夫は苦笑いしながら頷きました。通帳を挟んで並んだ私たちの視線が、ようやく同じ方向を向いた気がしました。
◇ ◇ ◇
家計管理や節約は目に見えにくい負担だからこそ、任せきりにしていると大変さに気づきにくいのかもしれません。夫婦で現実を共有し、同じ方向を向いて支え合うことが、暮らしを立て直すいちばんの近道なのかもしれませんね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。