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「早く出ていったら?」弟だけを溺愛する両親⇒自立後、急に両親から鬼電が…出てみると?

僕は子どものときから弟と比較されていました。両親は弟を溺愛していて、「弟を見習いなさい」と言われることもしばしば。就職活動を経て、僕は実家を出ることにしたのですが……?

弟を溺愛する両親

僕は幼いころから、常に2歳年下の弟と比較されて育ちました。運動神経が良く学業も優秀な弟は、両親の自慢の存在。対照的に、目立った特徴のない僕は、両親から「少しは弟を見習ったら?」「お前は本当に要領が悪い」と突き放され、家庭内での居心地の悪さを感じる毎日を過ごしていました。

 

そんな僕の目標は、自立して実家を出ることでした。就職活動の末、僕は中堅のシステム開発会社に入社。仕事が軌道に乗ったころにひとり暮らしをしようと考えていたのですが、現実は甘くありませんでした。

 

入社当初は地道なデータ入力や資料作成ばかりで、プロジェクトの中心に関わることのないまま3年が過ぎていきました。

 

実家を出ることに

それでも懸命に仕事をしていると、転機が訪れました。社内であるプロジェクトが発足した際、優秀な先輩が若手枠として僕をメンバーに指名。日頃から地味な確認作業を黙々とこなす僕の姿勢を見てくれていたようでした。

 

尊敬する先輩に認められたその瞬間、長年僕を縛り付けていた「自分は無能だ」という呪縛が解けていくような感覚を覚えました。大変な工程もありましたが、チームの仲間と1つの目標に向かう時間は、何物にも代えがたい充実感に満ちていました。

 

僕たちが担当したシステム移行は、大きなトラブルもなく無事に完了しました。この実績が社内で高く評価され、僕は地道な雑用以外の仕事も任されるようになりました。

 

僕は、これを機に実家を出ることを決意。両親に話すと、「ようやく出て行くの。決めたんなら早く出ていって」と冷ややかな言葉を投げかけられるだけでした。

 

しかし、実家という呪縛から解放された僕は、さらに仕事に邁進しました。会社の採用ページに若手社員の代表として僕のインタビュー記事が掲載されるまでになったのです。

 

両親が期待していた弟は

そんなある夜、実家の父から突然電話がかかってきました。その内容は、「弟が仕事の重圧で体調を崩して休職になった」とのこと。弟は復職をする気もなく、両親のもとでダラダラとしているそうです。

 

「お前の会社のホームページを見たよ。お前の会社で働けないか、相談に乗ってやれないだろうか? お前なら社内のつてもあるだろうし…」

 

父の相談に僕ははっきりと「それはできない」と答えました。「今まで、僕のことを無下に扱ってきて、困ったときだけ助けるのは難しい」とも伝えました。

 

電話を切った後も、両親からの電話は鳴りやまずでしたが、僕が電話を取ることはありませんでした。僕は、長年「両親から認められること」がすべてだと思っていました。しかし、自分の強みを活かせる環境を自分で掴み取ることの大切さを学びました。

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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