憧れの女上司の寿退社
Aさんは仕事が完璧なだけでなく、部下への気配りも忘れない、まさに理想の上司でした。
若手だった僕を何度もフォローしてくれ、今の僕があるのはAさんのおかげだと言っても過言ではありません。
そんなAさんが数年前、「結婚して家庭に入ります」と寿退社することになりました。最終出社日、支店のフロアで大きな花束を抱え、同僚たちに囲まれて幸せそうに微笑んでいた彼女の姿は、今でも鮮明に覚えています。
その数年後、父の体調不良をきっかけに僕も会社を辞め、実家の定食屋を継ぐことに。忙しい毎日の中で、Aさんのことは「きっとどこかで幸せに暮らしているだろう」と時折思い出す程度になっていました。
変わり果てた姿での再会
ある日の昼時、ランチラッシュが落ち着いた頃に、一人の女性が店に入ってきました。
ボサボサの髪に、汚れの目立つヨレヨレのパーカー。うつむき加減で活気のないその姿に、一瞬「道に迷った方かな?」と思ったほどです。しかし、注文を取ろうと顔を覗き込んだ瞬間、僕は息が止まりそうになりました。
「え……先輩!? Aさんですか!?」
そこにいたのは、あんなに輝いていたはずのAさんでした。彼女は僕の声に驚いて顔を上げると、気まずそうに目を逸らしました。
「……Sくん?今はここで働いているの?それにしてもごめんなさい、こんな姿で。お腹が空いて、ふらっと入ったらここだったの」
震える声で話す彼女に、僕は言葉を失いました。急いで看板メニューの焼き魚定食を作り、彼女の前に出しました。Aさんはガツガツと、むさぼるように食べ始めました。
話を聞くと、結婚した夫はいわゆるモラハラ男だったそうです。仕事を辞めさせられた挙句、生活費も満足に渡されず、毎日のように「誰のおかげで飯が食えてるんだ」と罵倒される日々。ついに耐えきれず、身一つで家を飛び出してきたというのです。

どん底からの再起と逆転劇
「私、もう何も残ってないの。キャリアも、自信も……」
涙を流すAさんに、僕ははっきりと伝えました。
「そんなことありません。僕が新人の頃、Aさんに叩き込まれた仕事のいろは、会社を辞めた今でも僕の宝物です。Aさんの実力は、そんな男に否定されて消えるようなものじゃないですよ」
その日を境に、Aさんは僕の店でアルバイトとして働きながら、離婚調停の準備を始めました。元上司だけあって、彼女の接客や段取りの良さは抜群。店はみるみるうちに活気づき、彼女自身もかつての輝きを取り戻していきました。
数ヶ月後、離婚が成立。さらに驚いたことに、彼女の評判を聞きつけた以前の取引先の社長から、「ぜひうちで役員として戻ってきてほしい」とヘッドハンティングを受けたのです。
今、Aさんはバリバリのキャリアウーマンとして復活し、時折、高級車を運転して僕の店に定食を食べに来てくれます。
「あの時の定食が、私の人生を救ってくれたんだよ」
そう笑う彼女の姿を見て、僕は自分のことのように誇らしい気持ちになるのでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。