それでも当時の園長先生や保育士さんたちは、私が寂しい思いをしないよう、いつもやさしく接してくれました。そのおかげで、つらい家庭環境のなかでも、保育園で過ごした時間は楽しい思い出として残っています。
おもちゃを買ってもらえなかった私
私は小さいころ、とても内気な子どもでした。園庭や遊び場でも、ひとりで人形遊びをしていることが多かったのを覚えています。
ある日、そんな私に男の子が声をかけてきました。
「またひとりで遊んでるの?」
私は少し戸惑いながら答えました。
「うん。家におもちゃがないから、ここにある人形で遊んでるの」
するとその子は少し考えたあと、ポケットから小さな人形を取り出しました。
「じゃあ、これやるよ! その代わり、大事にしろよな!」
それは当時人気だったヒーローシリーズの赤い人形でした。突然のことに驚きながらも、私はとてもうれしくて、何度もお礼を言いました。
そのときから、その人形は私にとっての宝物。家でも保育園でも、いつもそばに置いていました。
それから20年後
しかし、その男の子は間もなく引っ越してしまい、それきり会うことはありませんでした。
当時は幼かったため、顔や名前もはっきりとは覚えていません。それでも、もらった赤い人形だけはずっと手元に残していました。
それから20年ほどが経ち、私は憧れの保育士になりました。そして偶然にも、子どものころ通っていた保育園で働くこととなったのです。
ある日、事務室に入ると、園長先生が若い男性と話していました。
その男性は近くの児童養護施設で働いている職員で、地域の保育園などから不要になったおもちゃを集め、施設の子どもたちに届ける活動をしているのだと聞きました。
その話を聞いたとき、子どものころの自分を思い出しました。
おもちゃを買ってもらえなかった私に、手を差し伸べてくれた男の子のこと。そのやさしさが、今でも私の心に残っていること。
気づいたら、私は「ぜひお手伝いさせてください!」と彼に向かって言っていました。
彼の部屋で見つけた4体の人形
それから私たちは、保育園で不要になったおもちゃを集め、施設へ届ける活動を一緒に続けるようになりました。何度も顔を合わせるうちに自然と距離が縮まり、数カ月後にはお付き合いをする関係に。
そしてある日、彼の部屋に初めて遊びに行ったときのことです。
棚の上に、ヒーローシリーズの人形が4体並んでいるのが目に入りました。それを見た瞬間、なぜか懐かしい気持ちが込み上げてきたのです。
「ヒーローものが好きなの?」と私が聞くと、彼は少し笑いながら答えました。
「子どものころ、5体セットで持っていたんだけどさ。1体だけ、保育園の女の子にあげちゃったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸がドキッとしました。
よく見ると、棚に飾られていた4体の人形は、私が持っているものと同じシリーズの人形でした。そして、赤い人形だけがなかったのです。
「その赤い人形……私が持ってる」
スマートフォンを取り出し、家に飾っている赤い人形の写真を見せました。しばらく2人とも言葉が出ませんでした。
まさか、あのときの男の子が目の前にいるなんて……思ってもみなかったのです。
小さな親切がつないだ縁
そのあと彼は、子どものころのことを少しずつ話してくれました。
家庭の事情で何度も引っ越しを繰り返していたこと。その後、両親が離婚したこと。環境の変化に戸惑い、学校で問題行動を起こしてしまったこともあったそうです。
そんなとき、家に残っていたヒーローの人形を見て、ふと思い出したのだと彼は言いました。
「昔、ひとりの女の子を喜ばせたことがあったなって」
たった1体のおもちゃでしたが、その記憶が「人の役に立つ仕事をしたい」と思うきっかけになったそう。そして今、児童養護施設で子どもたちに関わる仕事をしているのだと教えてくれました。
幼いころ、彼がくれた人形。それは私にとって大切な宝物でした。しかし、同時にその出来事は彼自身の人生にも残り続けていたようです。
私たちはお互いの知らないところで、同じ思い出を抱えながら成長していたのです。
その後、私たちは結婚しました。今も変わらず、児童養護施設の子どもたちへおもちゃを届ける活動を続けています。
子どものころの出来事が、20年後にこんな形でつながるとは思ってもいませんでした。誰かに手を差し伸べることは、きっとその瞬間だけのものではないのだと思います。
あの日もらった赤い人形を見るたびに、人のやさしさが誰かの人生を支えることがあるのだと、改めて感じています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。