寿司店を営む義両親
私は結婚してから10年間、義両親が営む老舗の寿司店で働いてきました。主な仕事は仕込みや接客、帳簿付けです。ありがたいことに義両親との関係はとても良く、義母は「近いうちに女将の座を譲りたいと思っているの」と言ってくれ、義父も「君がいてくれるから、俺たちも毎日頑張れるんだよ」と声をかけてくれていました。
ただ、私にはひとつ気がかりがあって……。最近のA男は帰宅が遅く、休日も接待ゴルフだと言って、ほとんど家にいないのです。少し前までは「俺がこの店を継ぐ」と言っていたのに修業もしなくなり、仕事への熱意をすっかり失ったように見えました。
それでも義父は「あいつが店にいなくても、この店は君に任せたいと思ってるよ」と言ってくれ、私はあらためて、この店を支えていこうと心に決めたのでした。
夫の裏切りが発覚し!?
そんなある朝、義父の腰痛が悪化し、立っているのもつらい状態になってしまいました。義母はすぐに「今日は店を休んで病院に行きましょう」と言い、私も臨時休業を提案。そこへA男が眠そうな顔で起きてきて、「俺が店に出ようか?」と言い出したのです。
A男は「どうせ誰が握ったって同じだろ。回転寿司なんて機械が握ってるんだし」と笑い、「オシャレな創作寿司でも出したらバズるかなぁ〜」と軽い調子。義両親はA男の態度に呆れ果てていました。結局、義両親と私がA男の意見に猛反対し、店は数日休業して、義父はリハビリに専念することに。
そして、義父の腰痛が落ち着き、数日ぶりに店を再開した日のことです。ようやく日常が戻るかと思ったそのとき、A男が「今日は俺の実家を紹介しようと思ってさ」と、見知らぬ派手な女性を連れて現れました。女性は「え〜! 本当に寿司屋の息子なんだね」と大はしゃぎ。すると、A男は悪びれない様子で、私に向かって「俺、彼女と付き合ってる。本気だから」と言ったのです。
突然の展開にあぜんとしましたが、最近のA男の様子を思い返すと、どこかで納得してしまう自分もいました。義両親もまた、私と同様に言葉を失って立ち尽くすばかりでした。
義両親が味方に
A男はさらに、「親父ももう限界だろ? この店は俺が継ぐよ」「彼女を新しい女将にするつもりだし、お前とは離婚するから、早く家を出てってくれない?」と勝ち誇ったように告げたのです。不倫相手も「もう別れるなら、ここにいる理由ないですよね?」と冷たく言い放ち、2人は腕を組んで去っていきました。
その後、ぼう然としている私を気づかって、義両親が励ましてくれました。「大丈夫よ! 私たちはあなたの味方だから」「バカ息子とは離婚して新たな人生を歩んでいいからな!」と。そして、義母は「お父さんの体調のこともあるし、私たちは近々この店を売るつもりです。あなたのこれからの生活も、できる限り支えてあげたいと思っているの。あとは……お店を売ったお金で海外旅行でも楽しんでこようかしら。まぁ、私たちのことは何も心配しないで!」と言うのです。
私は「こんなに素敵な義両親を悲しませるなんて……。A男を絶対に許すものか!」と心に決めました。
新たな人生の始まり
しばらく経ち、店の売却が正式に決まったころ。不倫相手の家に転がり込んでいるようで、A男とは久々の再会でした。事情を知らないA男と不倫相手が「おい、店の様子を見にきたぞ。そろそろ俺たちに世代交代だろ?」と意気揚々と現れたのです。
すると、義父は「残念だな。この店はもう売却済みだぞ。お前に継がせる気なんてないからな」とピシャリ。事実を知ったA男は「そんな……俺はこれからどうやって生活していけばいいんだよ!」と義父に泣きつきました。私はそんなA男に、「ショック受けてる場合じゃないよ。私からは慰謝料を請求するつもりだから」と追い討ちをかけました。
その後、慰謝料などの取り決めを含めた話し合いを経て、私はA男と離婚。私は寿司店で働いた経験をもとに、自分のお店を立ち上げることに。ありがたいことに、義両親から「再出発の足しにして」と開業資金を援助してもらい、無事にお店をオープンさせることができました。こうして、海外旅行から帰ってきた義両親に見守られながら、私は新しい人生のスタートを切ったのでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように!